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ザンドラ・ヒュラー出演作『関心領域』
ナチス強制収容所の隣では理想的な家庭の営みが行われていた
第96回米アカデミー賞で国際長編映画賞と音響賞を受賞した問題作。ナチスのアウシュビッツ強制収容所を舞台にした映画はこれまでも数多く作られてきたが、ジョナサン・グレイザー監督(『アンダー・ザ・スキン 種の捕食』)がクリエイトした本作は、その舞台を従来の観点の真逆から描いたことで、人間の残虐性をさらに恐ろしいものだと示している。
マーティン・エイミスの原作を基に脚本も担当したグレイザーは、収容所から壁ひとつ隔てた隣に作られた、偽りのエデンの園で暮らすドイツ人一家の「無関心」を冷徹に描写しつつ、観客に加害者と被害者の間にどんな違いがあるかを問う。
アカデミー賞の他にもカンヌ国際映画祭でグランプリ、英国アカデミー賞で英国作品賞、非英語作品賞などを次々受賞。物語の主人公となるヘス所長夫妻を演じるのは『ヒトラー暗殺、13分の誤算』(2015)のクリスティアン・フリーデルと『落下の解剖学』(2023)で注目されたザンドラ・ヒュラー。
あらすじ
1945年、第2次大戦下のアウシュビッツ強制収容所。多くのユダヤ人たちがナチスに虐殺されたその忌まわしい場所だが、その隣には壁ひとつ隔てて、「楽園」が存在していた。そこは収容所の所長ルドルフ(フリーデル)と妻のヘートヴィヒ(ヒュラー)のヘス夫妻、そして幼い5人の子供たちが平和に暮らす幸福な家庭があった。
アーリア系の理想の家庭そのものと思われるヘス家の日常。子供たちを愛するヘートヴィヒは美しい庭づくりに腐心し、ルドルフは一家の良き父であり夫のように振る舞っている。だが、彼らの幸福な私邸の壁の向こうからは、時おり異様な音が漏れ聞こえてくる。それは収容所に捕らえられた囚人の苦悶の叫びであったり、もしくは銃声であったり、または何らかの恐ろしい方法で集団虐殺される音であるかもしれない。
ヘス家の穏やかな営みの中で、その音は聞こえているはずなのに、誰一人気づいている様子がないという異様な光景が続いていく……。
幸福な一家を築こうとするナチス将校夫妻
ルドルフ(クリスティアン・フリーデル)
アウシュビッツ強制収容所の所長で、出世欲の強いナチスの将校。家庭では仕事に忠実な普通の夫であり、父親として規律正しい生活?を送る。
ヘートヴィヒ(ザンドラ・ヒュラー)
ルドルフの愛妻で、5人の子供たちの母親。理想の家庭を作ることに頭が一杯なのか、裏庭の壁の向こうから聞こえる“音”には反応を示さない。
「人間がなぜ残酷なことをしてしまうのかを描きたかった」ジョナサン・グレイザー監督は語る
ジョナサン・グレイザー監督は、もちろんホロコーストの映画を撮ろうとしたのだが、同時に現代に生きる我々自身の映画にもしたかったのだと言う。
「人はいかに残虐行為を受け入れるかということ。世の中で起きている恐ろしいことから自分を切り離そうとするのかということ。自分たちも共犯者となりうる、あるいは無関心であろうとすること。残酷なことを行ってしまう人間の衝動、いかに残酷なことができるかなどを描きたかったのです。
なので、ナチスをパワフルな存在に見せないように撮影しました。ちょっと距離を置いたところにカメラを置いて、彼らの行動をただ観察するようにしたかった。同時に観客自身もそこにいるような気持ちになり、居心地の悪さを感じさせるようにしたいと思いました。彼らもモンスターでなく私たちと同じ人間だったと見せる方が重要なのです。
ホロコーストの歴史は人類の最も暗い時期ではありますが、同じような人類の衝動はその後の歴史にも存在し、時に爆発します。それが今、中東で起きているわけですが、それについて喧嘩をするつもりはありません。私が興味を持つのは平和、理解、仲直りを訴えることですから」
『関心領域』
2024年5月24日(金)公開
イギリス/2023/1時間45分/配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
出演:クリスティアン・フリーデル、ザンドラ・ヒュラー
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