疎遠だった姉が事故で亡くなり、一人遺された姪を勢いで引き取ってしまった小説家。初めて見るタイプの大人である叔母に、興味津々な女子高生。年齢も性格も生きてきた環境も全く違うふたりがかけがえのない関係性へと変わっていく。新垣結衣主演『違国日記』はヤマシタトモコの人気同名コミックの実写化である。原作ファンで、脚本も担当した瀬田なつき監督に原作の魅力や脚本化で大事にしたこと、キャストへの演出などについて語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

鏡を使って自分を見つめる形で実像と虚像を表現


──手元のアップが多かった印象があります。監督のどのような意図があったのでしょうか。

手は役者というか、肌の感じや皺など、演技を超えてその人のものという印象があります。握ったり、繋いだり、握手したり、手の動きやその距離で、温もりや緊張など伝わってきて、そこにはなにか、感情のようなものが映っているように思えて、手の寄りは意識して撮ってもらいました。

朝が警察署のベンチに座っているシーンで早瀬さんの手のアップを撮りましたが、現場では早瀬さんの隣で、「こんな感じに動かしてください」とぎゅっと握ったりして、それを真似てやってもらいました。


──冒頭は景色がボケていますが、朝だけはくっきりと輪郭が見えました。その後も鏡に映った顔を映したり、電車の窓越しに実景を映しつつ、そこ何かが映り込んできたり、映像に遊びが加えられているのを感じました。

この映画をどう始めるか、かなり悩みました。撮影の四宮さんと相談して、白い画面からハイスピード撮影で、ぼやけた世界に徐々にフォーカスがあっていくような形で表現して、朝、そしてその背景に徐々にフォーカスがあっていく感じを強調しています。観客に、何も説明せずに、朝の登場を見て欲しいと思ったことがあります。後半でも、同じ場所で、似た形で撮影してリンクさせています。

鏡を映すシーンはいくつかありますが、CGは使わず、鏡を真正面から撮影せずに視線をずらしたりして、すべて実際の現場で撮っています。自分自身がまだはっきりしていない朝を、鏡を使って自分を見つめる形で実像と虚像を表現できたらと思っていました。

電車で進行方向を向いた窓越しに実景を映しつつ、そこ何かが映り込んでくるシーンは、線路向けの車窓を映している映像に、横の窓から車窓を映している映像をオーバーラップさせて、次第に前方を映している映像をフェードアウトさせていきました。横の窓から映している映像に車内の景色が映り込んでくるので、いろんな風景が重なっているようになり、面白い効果になりました。これは編集の段階で思いついたものです。


──お葬式のときに周囲の心無い言葉を聞いて、朝が茫然としていると真っ暗になって、ちらちらとしている照明が入ります。これも面白いですね。

私としては砂漠みたいなところで撮りたかったのですが、難しかったので、スタッフといろいろ相談しました。

ちらちらは、照明の永田さんが考えてくださった装置を使っています。透明な箱に羽毛を入れ、ブロアーで風を当てて舞い上がらせたところに光を当てて影を作り出しています。徐々に闇の世界に暗転して、そこからうごめく影を浮かび上がらせています。自分では思いもつかなかったので、お葬式のシーンでしたが、撮影風景は見ていて興味深かったです。そこに、録音の高田さんが、あとからアフレコで録ったたくさんの人の声を重ねて、葬式会場の世間話から、朝の想像の世界への移行を、大胆に音で表現してくださいました。

照明だけでなくスタッフのみなさんが私の気持ちを汲んで、それぞれアイデアを出してくださって、自分が脚本を書いていた時には想像もしていなかったシーンになりました。


──映画はみんなで作るものって感じですね。他にもスタッフの協力があってこそのシーンはありましたか。

はい。どのシーンもそうです。すべてそうなので、一つ選ぶのは難しいですが、終盤にある槙生と朝が話をする海辺の長い会話のシーンのロケ地は、なかなか決まらず、撮影と並行しながら、いくつか候補を見に行って探していました。その中で、スタッフでアイデアを出し合い、海辺だけど、浜ではない、あの場所になりました。

映画を作ることは、多くの人の知恵や技術の結集なので、ひとりでもスタッフやキャストが違うと、全く違う作品になっていただろうな、とよく思います。


──海といえば、槙生の母親で、朝の祖母である京子が原作では割と近所に住んでいますが、映画では槙生の住まいからは遠く、海のそばでした。

京子の家(槙生の実家)は、物語が展開する終盤に出てくるのですが、それまで部屋など、都内の狭い場所が多かったので、映像的にも、それまでとは違う抜けた景色を入れたいと思い、原作者のヤマシタさんとも相談して、脚本の時点で海の近くに住んでいる設定にしました。


──これからご覧になる方にひとことお願いします。

本当に自分の中でもすごく大切な、大好きな作品になったなと思っています。映画の中でもそうですけど、何か正解があるとか、こう見てほしいとか、これは間違っているということはないと思っています。人それぞれで、捉え方が違うし、それでいいと思いながら、作りました。

ぜひ、映画館で見てください。映画館から出たあと、見慣れたいつもの風景や暮らしが、少し違って見えたら嬉しいです。

<PROFILE>
 瀬田なつき  
1979 年生まれ、大阪府出身。横浜国立大学大学院環境情報学府修了後、東京藝術大学大学院映像研究科を修了。2009 年、修了制作『彼方からの手紙』が話題になり、『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』(11)で商業長編映画デビュー。主な監督作品に、映画では『PARKS パークス』(17)、『ジオラマボーイ・パノラマガール』(20)、『HOMESTAY』(22)。ドラマでは「セトウツミ」(17/TX)、「声ガール!」(18/ABC)、「カレーの唄。」(20/BS12)、「あのコの夢をみたんです。」(20/TX) 、「柚木さんちの四兄弟」(24/NHK)など。

画像: 鏡を使って自分を見つめる形で実像と虚像を表現

『違国日記』6月7日(金)全国ロードショー

画像: 映画『違国日記』本予告《60秒》【2024年6月7日(金)公開】 youtu.be

映画『違国日記』本予告《60秒》【2024年6月7日(金)公開】

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<STORY> 
両親を交通事故で亡くした15歳の朝(早瀬憩)。葬式の席で、親戚たちの心ない言葉が朝を突き刺す。そんな時、槙生(新垣結衣)がまっすぐ言い放った。  
「あなたを愛せるかどうかはわからない。でもわたしは決してあなたを踏みにじらない」  
槙生は、誰も引き取ろうとしない朝を勢いで引き取ることに。こうしてほぼ初対面のふたりの、少しぎこちない同居生活がはじまった。人見知りで片付けが苦手な槙生の職業は少女小説家。人懐っこく素直な性格の朝にとって、槙生は間違いなく初めて見るタイプの大人だった。対照的なふたりの生活は、当然のことながら戸惑いの連続。それでも、少しずつ確かにふたりの距離は近付いていた。  だがある日、朝は槙生が隠しごとをしていることを知り、それまでの想いがあふれ出て衝突してしまう――。

<STAFF&CAST> 
監督・脚本・編集:瀬田なつき 
原作:ヤマシタトモコ「違国日記」(祥伝社 FEEL COMICS) 
音楽:高木正勝 劇中歌:「あさのうた」(作詞・作曲:橋本絵莉子) 
撮影:四宮秀俊
照明:永田ひでのり 
美術:安宅紀史 田中直純 
録音:高田伸也 
出演:新垣結衣、早瀬憩、夏帆、小宮山莉渚、中村優子、伊礼姫奈、滝澤エリカ、染谷将太、銀粉蝶、瀬戸康史 
配給:東京テアトル ショウゲート  
Ⓒ2024ヤマシタトモコ・祥伝社/「違国日記」製作委員会

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