主な受賞一覧
- パルム・ドール
『Anora』(米/ショーン・ベイカー監督) - グランプリ
『All We Imagine as Light』(仏・インド・オランダ・ルクセンブルク/パヤル・カパディア監督) - 審査員賞
『Emilia Pérez』(仏/ジャック・オディアール監督) - 監督賞
ミゲル・ゴメス(『Grand Tour』ポルトガル・伊・仏) - 男優賞
ジェシー・プレモンス(『憐れみの3章』米・英) - 女優賞
アドリアナ・パス、ゾーイ・サルダナ、カルラ・ソフィア・ガスコン、セレーナ・ゴメス(『Emilia Pérez』仏) - 特別賞
『The Seed of the Sacred Fig』(独・仏・イラン/モハマド・ラスロフ監督) - 脚本賞
コラリー・ファルジェ(『The Substance』英・米・仏) - カメラドール
『Armand』(ノルウェー・オランダ・独・スウェーデン/ハルフダン・ウルマン・トンデル監督) - ある視点部門最高賞
『Black Dog』(中国/クワン・フー監督)
したたかさが際立つパルム・ドール受賞作のヒロイン
毎度カンヌは意外なパルム・ドールを選んでくれる。コンペ作品を選ぶまでは映画祭の意図、パルムは審査員の意図。審査員はあくまでも作品本位で賞の選定をするというが、リストアップされた作品にその年ごとの傾向がすでに表れているのだから、どうしても賞はその年を象徴するものになる。
今年の審査員長はアメリカのグレタ・ガーウィグ監督。6年ぶりの女性審査委員長でアメリカ人女性監督としては初めての就任である。是枝裕和監督を含む全審査員団9人のうち女性は5人となる。女性会長となり2年目を迎える今年、やはりテーマは「女性」だった。
長編コンペ22本中女性監督は4人だったが、女性が主役の作品は14本、そのうち6本は女性同士が助け合う“シスターフッド”映画であり、受賞者は8作中2人が女性監督、男優賞と監督賞以外の賞は女性を描く作品だった。その女性像は主体的で強く、抑圧を跳ね返すべく戦っていた。
中でもしたたかさが際立っていたのがパルム・ドールを獲得したショーン・ベイカー監督の『Anora』のヒロイン・アニーである。ロシア系のセックス・ワーカーのアニーは、勢いで結婚したロシア富豪の息子を捨て、愛なんかではなく自分の尊厳のため、平たく言えば“意地”のため戦う。金も名誉も関係ない。
アリ・アバシ監督がコンペ作『The Apprentice』で描いた、金と名誉のためならなんでもする若き日のドナルド・トランプとは正反対。すがすがしい。喝采を叫びたくなる。
下馬評が高くパルム視されていたジャック・オディアール監督の『Emilia Pérez』の女たちも、アンドレア・アーノルド監督の市民賞受賞作『Bird』の少女もいい戦いっぷりなのだが、『Anora』のラストの突き抜け方、印象に残る希望の強さでパルムをつかんだ。
麻薬組織のボスが実はトランスジェンダーで性適合手術を受けて女性として生まれ変わり慈善家になるという『Emilia Pérez』は監督への審査員賞とトランスジェンダーの女優カルラ・ソフィア・ガスコンを始め4人の女優が女優賞を受賞。W受賞は基本NGなので、審査員が悩みに悩んで出した結果なのだろう。
特別賞受賞のイランのラスロフ監督は亡命を覚悟してのカンヌ入り
カンヌは社会情勢にコミットする映画祭であり、今年はロシア・アメリカ・インド・イランの選挙の年でもある。独裁的抑圧的な権力者に抗う映画作家たちの作品がコンペには並んだ。
グランプリのパヤル・カパディア監督は2021年のカンヌで、政権によって自治権を侵害される大学の問題に家父長制・カースト制で縛られる女性の問題を絡めて描く作品『何も知らない夜』でドキュメンタリー映画賞を受賞している。
今作『All WeImagine as Light』は直接政治的問題を描くわけではないがインド社会で3人の女性が思うようにならない自由と自立をもとめてさすらう姿を詩的に描いている。
イランでヒジャブ着用問題に対して起きた大学の反体制デモと一丁の拳銃をきっかけに崩壊していく家族を描くモハマド・ラスロフ監督の『The Seed of Sacred Fig』は特別賞を受賞。ラスロフ監督はこの作品で反政権的とみなされ、亡命を覚悟してのカンヌ入りであった。
両作品にも個人の尊厳への抑圧が根底にある。社会や家族、それぞれのヒエラルキーの下部にいる者、貧しい者そして女性への圧力はより大きく、だからこそ作家たちは女性や貧しい者の視点から物語を紡ぐわけだ。
他の受賞作にもふれておこう。監督賞はポルトガルのミゲル・ゴメス監督『Grand Tour』。1917年結婚を逃れ東南アジアを旅する男と彼を追う婚約者の物語が湿気をはらんだモノクロの映像で描かれていく。男優賞はヨルゴス・ランティモス監督の『憐れみの3章』で三部作の異なるキャラクターを演じ分けたジェシー・プレモンスに。
脚本賞はルッキズムへのグロテスクにして痛烈な批判を繰り広げた『The Substance』の監督・脚本コラリー・ファルジェが獲得。デミ・ムーアがセルフ・パロディかと思わせる若さと美にとらわれ破滅に向かう女優を演じている。禁断の治療薬を使うとデミの背中が割れて“分身”マーガレット・クアリーが現れ、デミの地位を脅かすというスリラーであった。
名誉パルムがジブリ、メリル、ルーカスに贈られる
今年、カンヌには新しくコンペティション・イマーシヴ部門が登場した。「没入型映像」のコンペティションで、ヴァーチャルリアリティなどの体験型映像を対象にした部門である。「映画」の定義を広げ、作り手も観客も若い世代を開発していこうという試みである。
一方で若い一般の観客を意識するうえでは確執のあるNetflix問題も整理せねばならない。それはコンペにNetflix制作作品『L'amour Ouf』を選ぶことで解決した。また、観客育ては子供からということで今年力を入れたのがアニメーションの上映で、小学生たちが先生に連れられて会場を訪れていた。
名誉パルム・ドールを授与されたスタジオジブリの作品も『ゲド戦記』『紅の豚』が砂浜で一般上映され、満員に。宮崎吾朗監督を迎えて行われた授与式も総立ちの拍手と歓声に包まれ大盛況であった。
今年の名誉パルム・ドールは、他にもメリル・ストリープ、そしてジョージ・ルーカスに授与され、それぞれにトーク・ショーが開催された。ルーカスの授与式は閉会式とともに行われ、ルーカスの映画界へのデビューのきっかけを作った兄貴分にして親友のフランシス・フォード・コッポラからトロフィが贈られるという演出。そしてその場に残ったルーカスが今度は今年のパルム・ドール受賞者ショーン・ベイカーにトロフィを渡したのである。
かくして。映画の歴史はカンヌ国際映画祭の舞台で受け継がれていったのである。
Photo by Pascal Le Segretain/Getty Images, Andreas Rentz/Getty Images