脚本は撮影中に次の話のものをもらっていたため、“マサ”には常に驚きばかり
――本作のキャスティングの経緯、言える範囲内で教えていただけますか。
2022年のはじめくらいに、ショーランナーのケイティ(・ロビンス)さんと、チーフ・ディレクター(製作総指揮・監督)のルーシー(・チェルニアク)さん、それにラシダ・ジョーンズさんとzoomで会議があったんです。そのときに、本当にさわりだけの脚本をいただいて、本読みもしたんですが、それがすごく楽しかったんですよね。その後、『ドライブ・マイ・カー』(のオスカー・キャンペーン)でLAに行く機会ができたので、空いてる時間に3人に直接お会いすることになりました。脚本がおもしろかったことやzoomのミーティングでの感触はもちろんよかったんですが、直接お会いしてみて、彼らが才能と情熱にあふれていたこと、あと何よりも人間的にすごい素敵な人たちだったので、ぜひご一緒したいと思い、出演が決まりました。
――『ドライブ・マイ・カー』でLAに行ったことが決定打になったとは。あの作品は本当いろんなところに連れてってくれましたね。
そうですね。『ドライブ・マイ・カー』で、アカデミー賞授賞式に行く前には決まっていたんですが、結果的にはあの作品は本当にいろいろな可能性を開いてくれました。
――原作は日本語訳が出ていない作品でしたが、どの程度この作品をご存知でした?
原作を存じ上げなかったので、最初のミーティングで読んだのが初めてでしたね。それに、決定稿にあたる脚本も、撮影が始まってから次々来る感じでしたので、先が全く分からなかったんです。
――え? 撮影前に全部が揃っていなかったんですか?
そうなんですよ。撮影始まってから次のエピソード分が来てっていう感じだったので、僕自身もマサっていう役のことはこの作品をご覧いただくみなさんと同じような印象しかありませんでした。良き夫で良き父で、でも失踪して……っていう。それがエピソードを重ねるごとに、どんどん別の面が見えてきて。新たな脚本をいただいて、本読みしていると「あれ? ここにも出てる」って新鮮なリアクションをしちゃってたんですよね。それをケイティが見てニヤって笑ってたり(笑)。なので、僕自身もこのドラマをご覧になる皆さんと同じように、マサの新しい面に対して常に驚きを持って演じていました。おそらくですが、最初のミーティングで僕が演じているのをケイティが見たことで、マサをそういうキャラクターに作り上げてくださったのかな、と思っています。
――だいたい配信のシリーズは映画と同じように全編を予定通りに作っていくイメージでしたが、そうではなく、昔のTVシリーズのような作りだったとは驚きです。
僕もびっくりしました。ストーリー面でも、後半は本当にびっくりしましたし(笑)。
――そこは書けないですね(笑)
はい(笑)。観てからのお楽しみです。
――西島さん自身も、マサのキャラクターに二面性があることは後から知ったということになりますが、芝居面では難しかったのでは?
そうでもないんですよ。それほど困らなかったのは、エピソード順に撮影が進んだからだと思います。順撮りのおかげで、感情の出し方は、観てくださる方が受け取っていただくものと同じ流れでよかったので。ただ、ストーリーが進むごとに、マサは一体何者なんだ、と、おそらく視聴者と同じような感覚にはなりました。
――ミステリー要素が強いことや、不条理な描写があったり、「MR. ROBOT/ミスター・ロボット」とか、デヴィット・リンチっぽさを感じました。このタイプの作品に西島さんが出られるのは初めてでは?
ですね。デヴィッド・リンチっぽい監督が他にいないというのもあるとは思いますが、どこに向かうか分からないスリラーではあるものの、謎解きなのかサスペンスなのか、よくわからない。ジャンルにはまらないという意味では初めてかもしれません。
――おまけに着地点が見えないキャラクターを演じるにはモチベーションが必要ですよね。
マサの信念みたいなところを見出すことで保てたと思います。マサは基本的にテクノロジーを信じてるんですよね。テクノロジーは人を助けるいいものだと信じてる。それがベースにあるんですが、どんなものでもいい面があると、当然悪い面もある。そこがこの物語の大きな謎であり、原動力でもあるんです。それに対してマサがどう向かってるのかっていうのは、僕も最後まで脚本を読むまで分かりませんでしたけど、おそらくマサ本人の中に正義があって、何か信じるものがあるんだろうという風に思って演じていました。
早い段階でラシダとうまくコネクトできたことが励みに
――現場はどんな感じだったんですか。
他の日本人キャストとの共演シーンはほぼなく、僕はラシダさんとの共演シーンが主でしたが、本当に楽しいシーンばかりでしたね。むしろラシダさんは、他のシーンが相当難しい感情をずっとキープして抱えていかなきゃいけなかったので、大変だったとうかがってます。その分、僕とのシーンは楽しんでやってくれました。テイクもあまり重ねることがなく、「はい、いいカットが撮れました!」っていう感じで。
――そういうパターンって少ないですよね?
はい。今回はすごく演技を大事にする監督が多かったので、何回かやって「もう撮れたから次は最後。あなたのテイクだからもう好きにやって」っていう感じで。何度かやったことをちょっと壊しても好きにやってみると、また新しい発見が生まれたりするものだ、と実感した瞬間が何度もありました。
――セリフは英語と日本語、同じくらいの分量があると思いますが、英語セリフのお芝居についてはどのような準備を?
正直、スケジュール的には準備する時間がなかったので、全然練習はできなかったんですよ。でも、最初のzoomミーティングの時から、ラシダさんとすごくうまくコネクトできた気がしたのが励みになりました。何というか、心で繋がることができたような感じで、想像してたよりもはるかに楽しく、2人で吹き出しながらセリフを合わせるような。そうか、この作品の芝居はこういうことなんだっていうのをすぐ掴めて。撮影が始まってからも、つたない英語ながらラシダさんとはいろんな話をしていたので、お互いのコミュニケーションがうまくいっていることが前提にあったことで、英語セリフのお芝居だからといって何か特別に構えることなく挑めたんだと思います。
――「SHOGUN 将軍」が大ヒットしていますし、アジアのアクセントがついた英語も英語話者の間では、以前よりもなじみが出てきていると思います。このような状況での「サニー」のリリースはベストタイミングでは?
日本語のアクセントがある英語が、まだそこまでポピュラーではないと思うんですが、こういう作品が増えていくことで、それがチャーミングに聞こえたり、ユニークなキャラクターのひとつとしてこう響くようになったら、日本の俳優にとってはとてもプラスになることですよね。
――しかもマサのキャラクターは謎めいているものの、とても可愛らしいキャラクターですよね。これで西島さん人気が欧米で火がつく気がしてならないんですよ。見つかっちゃった。
いやいや(笑)。僕の人気はともかく、たくさんの方に観て気に入っていただけると嬉しいです。
海外との協業による“可能性”を同じ志を持つ俳優と広げていきたい
――海外作品や国際協業作品で日本をベースにしている俳優さんが活躍する機会が増えていますが、西島さん自身はこの状況をどう考えてらっしゃいます?
日本の国内だけでやるのはどんどん難しくなってるっていうのはあると思います。だから、いやがおうにも海外を視野に入れた制作体制にしてかないと、撮影に関わってる人たちはもちろん、いろんなものに対する費用をキープすることができなくなってきてると思うんですよね。だから、これからはどんどんとそういう風になっていくと思います。映画っていうものは国境を越えていくものなので、日本の俳優にとっても身をもって体験し、荒波に飲まれていくことも、すごくいい経験になると思うんです。
――西島さんと同世代としては、50歳を過ぎてこういうチャンスが巡ってくることはすごく面白いと思っています。日本人的な考えですが、チャレンジは若いうちだけ、というイメージが強いじゃないですか。
うん、そうですね。特に俳優の仕事っていうのは、時代と絶対に切り離せないものなので、やっぱり時代の大きな流れと共に歩んでくことになるんですよね。コロナ禍があったことで、一気に映像配信が普及し、視聴者層が大きく拡大したことで、世界中の人が字幕で作品を見ることに慣れました。1本の映画を別の言語がネイティブの人に見てもらうのって、すごいステップが必要で、いくつも乗り越えた先にやっと見てもらえて、しかもどれだけの人に見てもらえるのかわからない。でも、配信の作品は出来上がったらとりあえず一度は世界に同時配信される。すごい大きな可能性を秘めてるなっていうのは感じますよね。ただ、それだけ競争も激しくなるし、大変だとは思うんですけど。
――チャレンジする山が高くなりましたね。
どっちかというと僕は常に楽天家なので、来るべき未来には悪いところもあるけど、いいもののほうがたくさんあると思っているんですよ。この年になってもまだそういう可能性を追求できるのは幸せなことだと思いますし、僕だけじゃなく、日本で活躍する俳優さんたち、もっと言うと若い俳優たちにとって可能性が広がることは素晴らしいと思っています。
――西島さんはその可能性を率先して広げる先輩ですね。
そうですね。自分にできることがあれば、なんでもやっていきたいし、同じような志を持った若い人たちと一緒に可能性を広げていきたいと思っています。
――では、将来的には渡辺謙さんのように、ご自身でプロデュースされるっていうようなことも考えていらっしゃる?
もちろんやってみたいと思っています。
――今作ではジュディ・オングさんをはじめ、日本では知名度バツグンだけどハリウッドではこれから、という方々がキャスティングされているのも特徴ですよね。
ジュディさんは5カ国語話せて世界中で活躍されてる方なので、僕からすると「何を今さら」くらいに考えてしまうんですが、この作品をきっかけに活躍の幅が広がると思います。あと、YOUさんですよ……。YOUさんはこの怪演で「誰だこの人は!」ってことになるのが確実。本当に楽しみです。
――シーズン2の可能性は……?
あるといいですよね。僕もマサをもっと知りたいですし。皆さんがどういう風に受け取っていただけるのか、本当に楽しみにしています。
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