「難しい役どころを絶妙な塩梅でやれるのは江口のりこさんしかいない」
──桃子を江口のりこさんが演じています。仕事をバリバリこなすキャリアウーマンの役が多いイメージがあったので専業主婦を演じると知り、びっくりしました。
桃子の役はシリアスですが、くすっと笑えるポイントもあります。苦しく、重いだけの映画にしたくなかったのです。しかし、笑かすぞといって笑わせるのではなく、真剣に物事に取り組んだことによって笑いが起きるようにしたい。滑稽さってそういうことだと思いませんか? そんな難しい役どころを絶妙な塩梅でやれるのは江口さんしかいないと思ったのです。しかも江口さんは手脚が長く、ヨーロッパ的な香りがするところも魅力でした。
──今、桃子は難しいとおっしゃっていましたが、本作はカメラが主人公を追いかけるドキュメンタリータッチの撮り方をされていて、背中を見せることが多かった気がします。表情を見せずに後姿だけで桃子の感情を表現するのは難しかったのではありませんか。
最近は当たり前のようにカットバックして、寄って、表情で物事を見せるというわかりやすい表現が多い。しかし、この作品では表情だけではなく、全身の肉体を使ってキャラクターを表すことに挑戦してみたかった。そうすることによって、新しい映画が生まれるのではないかと思ったのです。
表現としてはとても難しかったのですが、そこにトライすることで海外の映画祭に評価してもらいつつ、日本での興行においても結果を出すというハードな目標がありました。
──江口さんとはどのように桃子を作っていかれましたか。
全シーンで「もっと細かく動きましょう」、「もっと抑揚を落としていいです」「このとき桃子はこういうことを感じたので、こういう気持ちなんです」といったことを細かく伝えていきました。
──監督の演出を江口さんはどう受け止めていらっしゃいましたか。
最初は戸惑いがあったようです。しかし江口さんは頭のいい方なので、すぐに理解してくださり、桃子を自分のものにしていました。後半になると逆にどんどん意見を出してくれ、それに対してこちらも返すといったことを繰り返していました。
──具体的にはどのような提案があったのでしょうか。
劇中のキーアイテムとしてスマートフォンが出てきますが、江口さんが「桃子にとってスマートフォンは思い出。スマートフォンを捨てることは思い出を捨てることになる」と言って、物語の終盤にスマートフォンを捨てることを提案してくれたのです。それを聞いて、すごくいいと思いました。江口さんも桃子を作っていく上で、スマートフォンがただの道具にならないようにしてくれていたと思います。
──衣装も役を作る上で重要なアイテムかと思います。その辺りはいかがですか。
桃子はおしゃれです。ナチュラルな服が多いのですが、地味にならないように、ずっと同じテイストの服ではなく、“こういう日はこういうものを着る”と洋服を楽しんで選んでいるように描いています。そして、最後は桃子が普段、着ないような赤い服を着せました。季節が変わって、桃子が新しく旅立つことを表現したかったのです。それを逆算して、そこに至るまでは色味が薄いものにしようとスタイリストと話しました。
──実家に置いてあった服を片付けるシーンがありましたが、テイストが違いました。結婚して選ぶ服が変わったのですね。
結婚前はうきうきしながらパーティーに行くような機会もあったでしょう。ワンピースも華やかな花柄でした。結婚した今はもう少し大人になっているという対比を表現したのです。
節目、節目で衣装が演出に関わってきています。実家のクローゼットは大事なポイント。桃子を見ていく上で何を着ているかも意識して見ていただくと、より面白いと思います。