丁寧な取材で主人公のキャラクターを作り上げる
──本作は監督にとって商業映画デビュー作ですね。
東京藝術大学大学院の修了制作品だった『向こうの家』(2019)で「ええじゃないか とよはし映画祭2019」コンペティション部門でグランプリをいただいたのですが、この作品はその映画祭のプロデューサーだった森谷雄さんからお声掛けいただきました。
実はとよはし映画祭の後、森谷さんに「発達障害について描いた作品をやりたい」と話したことがありまして、それを覚えていてくださったのかもしれません。「何か一緒に商業映画をやりたいね」とも言っていただいていたので、こういう形で作品にできたことをとてもうれしく思います。この作品の舞台が愛知県で、とよはし映画祭も愛知。ご縁ってありがたいですね。
──ということは脚本にもしっかり関わっていかれたのですね。
ウールの産地である尾州を舞台にした機織りの話ということが前提としてありました。そこに発達障害の女の子が主人公ということをプラスしてシナリオラインを考え、彼女の家族の物語を縦糸にし、尾州の地場産業であるウールを横糸にして機を織るようにストーリーを構築していきました。
──監督オファーをいただく前から発達障害のことを描きたかったというのは何か理由があるのでしょうか。
人間の生き辛さを正面から描く作品に取り組みたいというのが根本にあります。
小学校のときに発達障害を抱えた同級生がいました。今は身近にいるわけではありませんが、発達障害はわかりやすい障害ではないからこそ、生き辛さがあると常々思っていました。
──とてもセンシティブなテーマだと思います。制作において何を意識し、大事にされましたか。
僕たちは映画を劇的に見せるために発達障害を取り上げているわけではありません。当事者の方や専門医の方がご覧になったときに、ギミックとして扱われていると思われないように気をつけなくてはと思っていました。
撮影に入る前に史織を演じた主演の服部樹咲さん、満を演じた黒川想矢さんと一緒に当事者の方に取材をさせていただきました。当事者の方はみな同じではなく、史織のように歩き方に特徴がある場合もありますし、もっと内面的なことなど、いろんなケースがあります。専門医の方に「映画の中でこういう描写をしようと思っていますが、いかがでしょうか」という確認もお願いしています。
──服部さんや黒川さんは役を演じる際に、動きのぎごちなさを自然に行うのをスムーズにできたのでしょうか。
そこはかなりこだわって作っていった部分でした。史織は猫背で歩きますが、どのくらいの角度でどういう表情で歩くかを何度もやってみて話し合い、具体、具体で作っていった感じです。その上で当事者の方にご覧いただき、感想をうかがいつつ、調整していきました。セリフで説明しない分、そういった所作で表現したかったのです。2人ともかなり練習してくれました。
──そういった所作を作りつつ、史織としての感情を表現するのは難しかったのではありませんか。
史織たちに限らず、どのキャラクターについても、顔合わせや最初の本読みのときに、“こういった思いや感情があって…”といった話を演者さんとするのですが、史織と満は自分の思いを言葉にしないキャラクターなので、所作で感情も伝えなくてはなりません。
史織は担任の先生が扇子でパンと音を立てるのが苦手なので、いきなり「扇子のパン、嫌いです」と言います。脈絡なく言うことで彼女の感情だけでなく、発達障害の特性も伝わるのではないかと思い、そういう調整をしていきました。
──脈絡なくセリフを言うのは、かえってタイミングが難しそうですね。
本読みのときに「脈絡なく言うけれど本人の中では感情が繋がっている。ただ、言われた方からすると突然言われたみたいな感じ」と伝えました。
──作品内で発達障害について、セリフでは説明していないため「史織や満は発達障害のように見えるけれど、どうなのだろうか」という気持ちになりました。
そういう思いを持っていただくことも、この映画にとっては大事なことかなと思います。自閉スペクトラム症(ASD)や注意欠如多動症(ADHD)の方に取材しましたが、特性にグラデーションがあって、普通に接しているだけではわからない方もいました。一方で「この方はもしかしたら…」とすぐにわかる方もいます。
特性の出方はその人によって違います。障害があるからと言ってこちら側が接し方を変えるのではなく、対人間として普通に接すればいいと思います。取材でお話をうかがった方々も「そういう風に接してもらった方がいい」と言っていました。
史織は布や服が好きで、デザインが上手ですが、それは障害による特殊能力ではありません。たまたま障害があり、パラメータに偏りがあるだけ。それを除けば普通の人間であるということを大事にしています。そのことは服部さんにも伝えました。
──史織の親友、真理子はまさにそのように接していますね。
真理子はそういう思いを乗せたキャラクターです。昔から仲のいい友だちで、障害があることがわかっているけれど、ムカつくときはムカつく。だから喧嘩もする。仲直りも真理子が折れてあげるのではなく、お互いが少しずつ歩み寄る。あくまでも普通の友だちと同じ。史織が特別ではないことを大事にしていました。