〜今月の3人〜
稲田隆紀
映画解説者。新鮮な刺激を孕んだ作品に出合うたびに、映画が好きでよかった思う今日この頃。これからも見続けるぞ!
斉藤博昭
映画ライター。遅ればせながら読んだマイケル・ケイン自伝「わが人生。」。生き方のヒント、映画の歴史、人柄…すべて必読!
米崎明宏
映画ライター・編集者。「午前十時の映画祭14」で47年ぶりに『ネットワーク』を鑑賞。当時のパンフを再読しました。
稲田隆紀 オススメ作品
『チネチッタで会いましょう』
名匠モレッティが映画という表現を称え、そこに携わる人間たちを賛美している
評価点:演出5/演技5/脚本5/映像5/音楽4.5
あらすじ・概要
ベテラン監督ジョヴァンニは1956年のソ連のハンガリー侵攻を背景にした作品を撮影しているがことはうまく運ばない。しかもプロデューサーの妻から別れを切り出されてしまう。それでも撮影は続けねばならないーー。
今年71歳になったコメディの匠、ナンニ・モレッティが自らの映画という表現に対する思いを自虐的かつエスプリを込めて描いた作品。映画館で映画に魅せられた私たち旧世代にふさわしく、映画という表現を称え、携わる人間たちを賛美している。
世間からずれてしまった映画監督の製作工程を綴りながら、セリフの端々にジョン・カサヴェテスやジャック・ドゥミ、フェデリコ・フェリーニ、タヴィアニ兄弟の名や作品名を登場させる。『甘い生活』やドゥミの『ローラ』の映像も登場し、まことに感動的だ。チネチッタとは幾多の名作を生み出したローマの撮影所のこと。モレッティは撮影現場の慌ただしさを活写しながらNetflix的配信会社の横暴、海外合作の危うさまで嘆いてみせる。
モレッティ自身が“ずれた”監督を軽妙に演じ、『母よ。』をはじめモレッティ作品ではおなじみのマルゲリータ・ブイ、フランスからマチュー・アマルリックなど、出演者も豪華だ。ラストにモレッティ作品の関係者が総出演。“人生はサーカス”という思いが横溢している。
公開中、チャイルド・フィルム配給
© 2023 Sacher Film–Fandango–Le Pacte–France 3Cinéma
斉藤博昭 オススメ作品
『コール・ミー・ダンサー』
ダンスへの情熱を追いかける青年をまっすぐに描くピュアな輝きに満ちたドキュメンタリー
評価点:演出4/演技3/脚本3/映像3/音楽3
あらすじ・概要
インドのムンバイで踊る喜びを知ったマニーシュは、アメリカから来たバレエ教師の指導で才能を開花。プロのダンサーを目指すが、バレエを始めたのが遅かったため有名バレエ団には受け入れてもらえず将来を模索する。
「世間の常識に逆らって好きなことにチャレンジする」「何かを始めるのに遅すぎることはない」。映画のテーマとしては、ある種“ありきたり”だが、ここまで真っ直ぐに描かれると素直に心が洗われる。
そんなピュアな輝きに満ちたドキュメンタリー。作品全体の構成も気をてらっておらず観やすいし、何より主人公マニーシュのキャラが好印象。踊ることへの熱いパッションはもちろん、ライバルへの控えめなジェラシー、師匠への反発心など、誰もが共振できる感情がカメラに収められた。
そしてダンス好きな人にも本作は強烈にアピールする。アクロバットの動きを特訓しつつ、21歳で始めたクラシックバレエで覚醒する身体能力の高さ。そのプロセスが映像から鮮明に伝わる。クライマックスも含め、何かと『リトル・ダンサー』と比較されるが、最も同作と重なって胸に迫るのは、主人公に対する教師の心境と行動かも。才能を発見し、育て上げた“金の卵”を、外の世界へ送り出す喜びと、同時に訪れる寂しさ。そこをきっちり映し出し、ダンス映画として傑作となった。
公開中、東映ビデオ配給
© 2023 Shampaine Pictures, LLC. All rights reserved.
米崎明宏 オススメ作品
『太陽と桃の歌』
立ち退き勧告を突きつけられた桃農園を営む一家の姿を通して世界的な労働者の現実を問う
評価点:演出4/演技5/脚本4/撮影5/音楽3
あらすじ・概要
一家三代で桃農園を営んでいるソレ家に、桃の木を伐採してソーラーパネルを設置するので、この夏の収穫を終えたら立ち退くようにと地主からの宣告が届く。急激な時代の変化に飲み込まれたソレ家の人々の運命は…?
スペインのカタルーニャ地方にある小さな村アルカラスで一家三世代で桃農園を営む大家族に、まさかの立ち退き勧告が届くところから始まる物語。地主は桃の木を伐採してソーラーパネルを設置して楽に儲けたいのだが、農地で暮らしているソレ家にとっては死活問題。一家団結こそ必須のこの大ピンチに、祖父も父親も長男も考え方がバラバラ。時に物悲しく、時に我がことのように心配になるソレ家の将来は一体どうなってしまうのか?
映画は簡単に答えを提示することなく、世界中の労働者が直面する現実という視点も含みながらドキュメンタリーのように一家の迷走する姿を追いかけ、闘う彼らを温かく包み込む。
監督・脚本は『悲しみに、こんにちは』で注目されたカルラ・シモン。彼女の実家も大家族で、親戚が桃農園を営んでいることから着想を得たという。出演者はほとんど実際にこの地で農業をしている素人というが、リアルな演技には驚かされる。またアルカラスの自然を捉えた撮影も美しく、実際にこの土地を訪れているように感じ取れる。
公開中、東京テアトル配給
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