出発点は、自身の好きな「マハーバーラタ」×「SF」
映画は「マハーバーラタ」の終盤近く、大戦争が終わり、死屍累々となった戦場シーンから始まる。
監督「『マハーバーラタ』はインド人にとってとても近しい物語です。子供の頃からお話を聞かされ続け、映画もたくさん作られているので、どの世代の人もこの物語に親しんでいます。その一方で私は、西洋のSF映画も幼い頃から見てきました。それで、自分が大好きなこの両者を結びつけてみたら、と考えたわけです」
冒頭シーンでは、武術の師ドローナの息子で、武力に長けたアシュヴァッターマンが過ちを犯し、クリシュナ神から3000年の間生き続ける呪いを掛けられる。解脱である死を与えられず、体は老いても生き続けねばならないアシュヴァッターマンが、本作の主人公の1人となる。
監督「『マハーバーラタ』の中で、アシュヴァッターマンのエピソードだけが完結していないのです。この呪いの結末がどうなったのか、誰も知らない。彼の物語を終わらせようとすれば、現在の次のユガ(時代)を持ってくるしかない、私がその物語を作るしかないのだ、と思いました。ですのでこれは、いまだ存在しない時代、カルユガ(末世)の物語です」
ヴィシュヌ神の十化身中、カルユガに現れる最後の化身が、映画のタイトルにもなっている「カルキ」である。では、「西暦2898」は?
監督「インド神話では、『マハーバーラタ』の中でクリシュナ神が肉体を離れた、つまり人間としてのクリシュナが死んだのは紀元前3102年だと言われています。次のユガはそこから6000年後では、と考え、『西暦2898年』になったわけです」
アミターブ・バッチャン、プラバース。大物俳優たちとのエピソード
その時アシュヴァッターマンは6000+α歳になる訳だが、その役を演じるのは、現在82歳の大御所俳優アミターブ・バッチャン。アクション・シーンも結構ある役だ。
監督「アミターブ・バッチャンは、唯一無二のチョイスでした! この役は、強い戦士の面と同時に、内に秘めた悲哀も表現してもらわなくてはならない。その両方を叶えるには、真に優れた俳優が必要だったので、アミターブ・バッチャン以外には考えられませんでした。確かにアクションは少々大変だったと思いますが、長年アクションを演じてきた人である上、とても熱心で、彼のこれまでのアクション演技の経験が本作にはとても役立ったと思います」
一方、プラバースが演じる主人公、賞金稼ぎのバイラヴァは、軽妙なキャラクターとして登場する。
監督「プラバースは、アクションもシリアスな役も、とても上手にこなす人です。でも私は、プラバースは楽しい役の方がより上手だと思いますし、個人的にも彼が軽い感じで演じるキャラクターが大好きです。今回の彼の、すぐに人を殴り倒したりしないキャラを見て、お、いいね、と思いました(笑)」
プラバースとは初顔合わせだが、撮影中の彼はどんな感じだったのだろうか。
監督「撮影で3年ぐらい一緒に仕事をしたわけですが、たとえばディーピカー・パードゥコーンも交えて打ち合わせをしていたりすると、映画のことに集中している時に彼はふとディーピカーに、『食べ物は何が好き? もし好きなものがあったら頼んで作らせるけど』と言ったりするんですね。誰に対しても思いやりの気持ちがあって、それが思いがけない時に、俳優の意識から離れて発揮されたりするのがプラバース流のようです」
劇中の「シャンバラ」=世界中のあらゆる宗教の伝統と文化が守られている唯一の場所
製作費はインド映画史上最高の110億円。スターの出演料を除くと、一番費用がかさんだのはCGとVFXか?
監督「その通りです。キャストと、それからCG、VFXに一番お金がかかっています。それに今回は、コロナ禍を挟んだので時間がかかってしまい、その分費用がかさみました。でも、とにかくこの作品を皆さんがとても楽しんで下さった、ということが、何にも増して嬉しいです」
反乱軍であるシャンバラ(チベット仏教やヒンドゥー教の理想郷の名でもある)は、多民族、多宗教の世界として描かれる。まるで、インドが国是とするセキュラリズム(世俗主義)が体現されているかのようだ。
監督「シャンバラは、世界中のあらゆる宗教の伝統と文化が守られている唯一の場所、として描きました。世界の他の場所では、迫害され、破壊され、ゆがめられているからです。それに対しシャンバラでは、あらゆる宗教の人々が集まって、調和の中で一緒に暮らしている。意識的にではありませんが、私はそれが理想的な状況だと感じました」
一方、現在の指導者たちが住む宮殿のようなコンプレックスは、独裁者ヤスキンのためだけに存在するかのように描かれる。200年生きている彼を、なぜ皆が敬い、恐れるのかは、今後明かされる?
監督「そうです。多くの部分が第2部で描かれ、ヤスキンの生い立ちも明らかになります。すでに今回、いろんなピースがボードの上に登場しているので、あとはこのゲームを終わらせるだけです。第2部は20日分の撮影は済んでいて、来年の6月から撮影を再開する予定です」
それにしても、本年6月末に本国公開されて以降のヒットぶりはすさまじかった。何が人々を魅了し、映画館に向かわせたのだろうか。
監督「ストーリーでしょうね。インドの人々が育った『マハーバーラタ』の世界を、こんな風に新しい物語として提示したので、全体が完全にオリジナルであるかのように感じられたのだと思います。映画館に行くと新しい世界に浸れる、と思ってもらえた、それがうまくいった、ということだと思います」
これまで、あらゆる種類の映画を観た、というナーグ・アシュウィン監督。感情が込められた誠実な仕事の作品なら、SFやファンタジー、アニメ、あるいはシンプルでロマンチックな物語からでも、何かを学んできたという。最近は幼い息子と共にアニメを見ることが多いが、『野生の島のロズ』(2024)も好きだそうで、一方インド映画では、ヴィジャイ・セードゥパティ主演作『マハーラージャー』(2024)と、60年代の名作『ガイド』(1965)を挙げた。映画の申し子のようなこの監督の、世界観と手腕に圧倒される『カルキ 2898-AD』は、初詣をおいても見に行く価値がある。
『カルキ 2898-AD』
監督︓ナーグ・アシュウィン
出演︓プラバース、ディーピカー・パードゥコーン、アミターブ・バッチャン
配給︓ツイン
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