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コラム
ひとりの人間の運命、そして人生を大きく変えてしまう“性暴力”

「グルーミング」とは、大人が性的な目的のために言葉巧みに子供と親密な関係を築いて手懐けることを意味し、性暴力被害を生む背景として、近年認知が高まってきた。これまで「恋愛」としてまかり通っていたとしても、実はそれが不均衡な権力構造における搾取の場合もあれば、心理的に相手を騙した上での虐待の場合も大いにあることを、現代社会はますます自覚的になっている。
映画においても、たとえば『ジェニーの記憶』(2018)では、13歳のときに中年男性である乗馬コーチから受けていた性的虐待の記憶に関して、年を重ねてからようやく正しく向き合えた女性が描かれた。あるいはより最近では、実在の有名作家ガブリエル・マツネフの少女への性的虐待を題材にした『コンセント/同意』(2023)といった作品も話題になっている。
『ミステリアス・スキン』は、トラウマ的な記憶と心の傷への対処法がまったく異なるふたりの若者が登場する。彼らの言動や行動がある部分では自傷行為であるかもしれず、またある部分では自己防衛でもあることを、おそらく制作当時より現代の観客の方がより切実に理解することができるだろう。性暴力がいかにひとりの人間の人生と運命を大きく変えてしまうかを痛切に伝える『ミステリアス・スキン』には、まさにそうした問題がいたる所で表面化し、学びと内省が求められる今という時代にとって、重要なメッセージが詰め込まれているのだ。
グレッグ・アラキ監督が語る『ミステリアス・スキン』

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“これまでの私の作品の中でも、これほど長期間にわたって登場人物たちの人生を描いたものはありません”
──ストーリーについて
「今作は私にとって子供時代そのものです。子供の頃に起きたことの記憶は、大抵どこかボンヤリしているものです。そのため、映画の冒頭は断片的な印象をつないだような映像にしています。そしてストーリーが進んで登場人物たちが成長するにつれ、より長く明確に出来事を描くようにしました。これまでの私の作品の中でも、これほど長期間にわたって登場人物たちの人生を描いたものはありません。観客は彼らの子供時代から成長を見守り、さまざまな経験を共有することになります。非常に幅広い出来事に立ち会うので、彼らがなぜ作中のような人間になったのかきっと理解できるはずです」
──主演を務めた2人のキャスティングについて
「主演の2人については、何十人もの候補を公平に検討したうえでブラディとジョセフに決めました。理由は単純に彼らがブライアンとニールに最も合っていたからです。2人とも作品の本質を理解していて、素晴らしい仕事相手でした。ジョセフはわざわざカンザスへ飛んで現地の訛りを習得し、他の出演者たちのために録音テープまで持ち帰ってくれました。俳優たちは全員、恐れることなくこの題材に全身全霊を注いでくれたと思います。そのような優秀なキャストと仕事ができたことは、とても充実感のある刺激的な経験でした」
──撮影について
「この作品のヴィジョンは、とても妥協がなく、とても挑発的で、とても不穏なものでした。ニューヨークの地下鉄でのゲリラ撮影を敢行した以外は、ほとんどロサンゼルスで3 週間という猛スピードで撮影が行われました。私たちは、非常にインディーズ的なやり方で、100 万ドルという少ない予算でこの映画を作ったのです。撮影の大きなハードルは、子供たちのキャスティングと、性的虐待を題材にした映画に参加してもらうために両親を説得することでした。私たちは絵コンテを描き、どのように撮影するのかを具体的に説明しました。私はどの映画でもかなり細かく絵コンテを作ってきました。脚本を書いている時点で、カメラの動きから構図まで、完成した映画がもう頭の中に浮かんでいるんです。『ミステリアス・スキン』では、これまでのどの作品よりも主観的な視点を前面に押し出しました。登場人物がカメラに直接視線を向けると、自分が主人公の立場になり肩越しに見るのとは違ったダイレクトな体験になります。綿密なプランニングが必要でしたが、この主観重視の撮影スタイルを思いついたことで、映画化が現実味を帯びたんです」
2人の主演キャストのあの頃と今
ジョセフ・ゴードン=レヴィット
独特な存在感と表情豊かな演技力を誇る実力派

ジョセフ・ゴードン=レヴィット
子役として俳優活動を開始したジョセフは、本作出演後も着実にキャリアを積み上げてきた。2009年にはラブコメ映画の名作である『(500)日のサマー』で冴えない青年を演じ、ゴールデングローブ賞主演男優賞にノミネートされた。俳優業のみならず、2013年には監督・脚本業にも進出し、ポルノを扱った『ドン・ジョン』を手がけた。そのほか、『インセプション』、『ダークナイト ライジング』といったクリストファー・ノーラン監督作への出演や実在の人物エドワード・スノーデン役で高く評価された主演作『スノーデン』などで知られる。
現在のジョセフ・ゴードン=レヴィット
ブラディ・コーべット
子役時代から活躍し、才能あふれる新鋭監督へ

ブラディ・コーべット
『サーティーン あの頃欲しかった愛のこと』(2003)で俳優として映画初出演を果たし、その後名だたる巨匠たちの映画に参加していく。映画監督として初長編デビューとなった『シークレット・オブ・モンスター』(2015)は、第72回ヴェネツィア国際映画祭で高く評価された。その後、ナタリー・ポートマンが主演を飾った『ポップスター』(2018)を経て、ユダヤ人建築家の人生を二部構成で描いた『ブルータリスト』(2024)が、見事その年のゴールデングローブ賞およびアカデミー賞でそれぞれ3部門受賞の快挙を成し遂げた。
現在のブラディ・コーべット
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『ミステリアス・スキン』
2025年4月25日(金)公開
アメリカ/2004年/1時間45分/配給:SUNDAE
監督・脚本:グレッグ・アラキ
出演:ブラディ・コーベット、ジョセフ・ゴードン=レヴィット、ミシェル・トラクテンバーグ、ジェフリー・リコン、ビル・セイジ、メアリー・リン・ライスカブ、エリザベス・シュー
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