




―—映画『ガール・ウィズ・ニードル』の感想と、美術セットで特徴的なポイントは?
磯見俊裕:冒頭のアパートのシーンからもう印象的でした。たくさんの顔が重なるシーンが出てくるけれど、あれが斬新でとっても怖かったです(笑)。それでもうオープニングからグッと引き込まれてしまいます。そして、次にルイ・リュミエール監督の『工場の出口』を思わせるシーンが出てくる。この作品もモノクロだから、「あ、あれだ!」って気が付くわけです。(注:『工場の出口』は1895年に公開された短編モノクロ無声ドキュメンタリー映画であり世界初の実写商業映画)
そして、ダウマのお菓子屋の店内の作りが非常に興味深い。基本的に奥に棚があって、そのまた奥にドアがあって、そこから灯りが差し込んでいる。横というよりは縦のレイヤーを意識しているのだなというのが感じられました。また、棚にたくさんの菓子が入ったガラス瓶が並べられているでしょう。棚の背の部分は漆黒でガラス瓶だけが光っている。背の部分に黒色を塗っただけだと光を受け反射して多少はグレーに映ったりする。でもこのシーンでは瓶だけが白く反射し背の部分は光を吸収し漆黒となっている。照明スタッフの腕が良いのか、初めからイメージボードで監督とよく話し合いが出来ていたのかもしれないけれど、本来は物凄く計算しないとああいうセットアップにはできない。
カロリーネの屋根裏部屋も真ん中に小さな窓があって、奥は明るいけど手前は暗い。菓子屋の場合、遮光角で正面が明るくなっていて、カメラワークが綿密に計算されているのだなと感心してしまいます。撮影、照明、美術、どの部門が主導で作っているのか分からないけれど、非常に丁寧な仕事をされていると思いました。
―—モノクロ映画とカラー映画では、セットに違いはありますか?
磯見:モノクロ映画のセットで難しいのは、黒という色は実は画面に映りにくいんです。白黒で撮ったら、赤もグレーで、青もグレーに映るが、画面には違いを出すことができる。しかし、黒というのは、そこに明かりが入ったら、時には反射で白に映ってしまうんです。綿密に調整しないと画面上で薄いグレーに見えてしまったりする。でもこの作品では黒がきっちり、はっきりと出ています。黒く出したいところは、セットも真っ黒に塗っているのではないでしょうか。それぐらい色味の調整をしているので、観ていると段々カラー作品に見えてくる。あのオーナーの家の大きな木製の扉は自分には茶色に見えたし、豊かなイメージで観ることができました。
―—マグヌス・フォン・ホーン監督は、物語の設定となる1920年代のデンマークを綿密にリアルに描くより、“それっぽい”フェアリーテイルの世界を構築したと語っています。また、ドイツ表現主義から大きな影響を受けたそうです。
磯見:冒頭に出てくるあの顔を重ねるシーンからもその影響を感じました。あそこから始まって、最初のアパートの外階段と、カロリーネが引っ越した後のアパートのセットは特徴的でした。荒らし方ひとつとっても寓話を感じられるし、意図的にやっていると感じました。ドイツ表現主義というのは、わざときついパースをつけたセットを使ったりするので、少しわざとらしくなるという問題点がありますが、『ガール・ウィズ・ニードル』はそういったこともなく、全体のトーンを壊さずに自然に取り入れられています。
―—この映画で一番印象に残ったセットや美術演出はどのシーンでしたか?
磯見:物語とは関係ないけど、この映画に出てくる「道」がすごく良かった。よくこんなロケーションを探し出して、シーンにマッチさせることができたなと思います。時代を含めた世界観がちゃんと出来上がっていて、各部門がきちんと話し合っているんだと感じられたし、とても丁寧にディレクションされている。きっと、予算やスケジュールも良い環境で作られたんだろうなって、少しうらやましいなって思いました(笑)
【磯見俊裕(いそみ・としひろ)プロフィール】
『バトルロワイヤル II ~鎮魂歌』『誰も知らない』『血と骨』『花よりもなほ』『ゴールデンカムイ』などの作品をはじめ、これまで多くの映画セット製作、及び映画プロデュースを手がける美術監督。
『ガール・ウィズ・ニードル』
5月16日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷ホワイト シネクイントほか全国公開
配給:トランスフォーマー
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