自身でどんどん演出していく寺尾聰
──息子が父親の動画を撮るきっかけになったシーンで、認知症の症状が出ている父親に息子が「戻ってこいよ」とつぶやきます。そのときの松坂さんの表情が印象に残りました。このシーンの演出についてお聞かせください。
桃李さん、寺尾さん、(松坂)慶子さんは、そもそもご自身で脚本をしっかり読み込んだ上で素敵なお芝居をしてくださるので、これまでに比べ僕が演出を加えることは極端に少なかったです。ただ、「戻ってこいよ」というセリフについては演出を加えています。最初はお父さんに投げかけるように芝居をされていたところを、「独り言のように、祈るように言ってほしい」と桃李さんにお伝えしてあのお芝居になりました。
桃李さんは僕が何かひとこと伝えるだけで、ぱっと演技を切り替えることができる柔軟さがあります。どのくらいの声のトーンで、どういう表情で、どのタイミングで言うかなど、セリフ一つをとってもお芝居には無限の選択肢がある。それを一発で、「ああこれだ」と思わされることが何度もありました。特にこのセリフは象徴的でしたね。そういうところもやっぱり桃李さんはすごい。この人に雄太を演じてもらって、本当に良かったと思いました。

──父親が物置の中の物を庭にぶちまけてしまうシーンがあり、諫めていた息子に対して、父親が心無いひとことを発します。このエピソードは原案にもあり、原案の父親は「お前がそんな風だからだ」と言い、息子が自分から具体的に言ってしまいますが、この作品では息子が「そんなって何のことだ。言ってみろよ」と父親に言わせます。自分で言ってしまうのと、父親に言わせるのでは息子にとって大きく違うように思いますが、いかがでしょうか。
ここは映画にとってすごく重要なやり取りでした。息子は父親の本心が知りたい。流れに任せて思わず言わされた、ではなくて、正真正銘それが父親の本心であると、息子が確信できる手応えが必要だった。だから原案のように息子が自分で言うのではなく、父親が自ら言う流れにしました。その結果、息子のやりきれなさがより強く打ち出せたと思います。
──この物置のシーンではどのような演出をされましたか。
「そんなって何のことだ。言ってみろよ」というセリフが最初は喧嘩腰な言い方になっていたので、「お父さんが何を言おうとしているかをわかった上であえて言わせている、というお芝居にしてほしい」と桃李さんに伝えました。そのときも桃李さんは一発でチューニングしてくれました。
──そこで父親が発した言葉に対して、母親は息をのむような顔をします。松坂慶子さんの表情が素晴らしいですね。
夫が物置にしまってあったものを庭にぶちまけているけれど、妻としてはどうすることもできない。そこに息子が帰ってきて、「一体何が起きてるんだ」というところからシーンが始まります。そこで慶子さんから、「ここの花瓶が割れててもいい?」とか「ここはもしかしてもっと土が散乱していても・・・」といったことを僕と装飾部に提案して頂きました。その上で「花瓶の破片をこんな風に片付けましょうか?」「じゃあこうしましょう」などとアイディアを出し合い、今のシーンになっています。
俳優部は俳優部、スタッフはスタッフと、見えない線が引かれてしまうような現場もある中で、この現場では「これぞ俳優部と一緒に映画を作っている」という感覚を持てました。父親と息子の大事なシーンの柱になるやり取りなので、2人の芝居の邪魔にならないよう、「片付ける」という動きを自分につけつつ、決定的な一言の時には、台本になくとも、こちらから演出をつけずとも最高のリアクションをして下さる。さすがですよね。

──そしてこのシーンがラストに繋がっていきます。寺尾さん、松坂桃李さんはいかがでしたか。
寺尾さんは、撮影当日に急遽「このシーンにシャンパンが欲しいな」とおっしゃって。最終的にはご自身のお車からとってきて、撮影現場の小道具として使用させて頂きました。ご本人が演出家の脳をお持ちだから、ご自身でどんどん演出されていくのですよね。ちなみに寺尾さんは、周りのお世話になった方にいつでも振る舞えるよう、シャンパンを常備されているんだそうです。だからあれは寺尾さんご自前のシャンパンです。
桃李さんと撮影中に、ある泣きのシーンについて話したことがあって。そのシーンでは、「自分の泣き顔をお父さんに絶対見せたくないというつもりで演じてほしい」と話しました。演出というのは難しいもので、受け取る側によって如何様にも解釈できてしまいます。例えば「泣き顔を見せるな」という演出を受けると、「泣いてはいけないのだ」と言葉通りに受け取ったり、本番中に泣き顔を隠そうと背中を向けたりするかもしれません。演出した事が裏目に出ることもありますので、言葉には細心の注意が必要なんです。
でもそのシーンは何度でもやり直しができるシーンではないし、桃李さんであれば演出を受けた上で自分なりに昇華してくれるという確信が僕にはあったので、今回ははっきりと意図をお伝えすることにしたのです。予想通り、桃李さんはご自身の中で咀嚼して、「それは泣くなという意味ではないし、泣いている顔を隠すために背中を向ける、という意味でもない」ことがわかっていらっしゃいました。そんなやりとりが事前にあって、撮影当日は何も言わず寺尾さんと桃李さんにお任せした結果、最高の芝居を撮ることができました。桃李さんの柔軟さ、凄みを改めて感じましたね。

<PROFILE>
小泉 徳宏(こいずみ のりひろ)
1980年、東京都出身。 幼少期を海外で過ごし、独学で映画制作を学ぶ。 2003年、株式会社ロボット入社し、『タイヨウのうた』で映画監督デビュー。 2008年、『ガチ☆ボーイ』で第10回ウーディネファーイスト映画祭観客賞。 2016年からは人気コミックを原作にした映画『ちはやふる』シリーズ3部作を脚本・監督。 累計で興行収入45億円を超える大ヒットに導き、 同作で第8回TAMA映画賞・最優秀新進映画監督賞を受賞。 2018年からは日本初となるライターズルーム『モノガタリラボ』を立ち上げ、 映画やドラマの脚本をはじめとした 『物語を必要とするあらゆるコンテンツに向けたストーリー創作』の新たな拠点として 活動している。
『タイヨウのうた』(2006) 『ガチ☆ボーイ』(2008) 『FLOWERS -フラワーズ-』(2010) 『カノジョは嘘を愛しすぎている』(2013) 『ちはやふる -上の句-』(2016) 『ちはやふる -下の句-』(2016) 『ちはやふる -結び-』(2018) 『線は、僕を描く』(2022)
『父と僕の終わらない歌』2025年 5月23日(金)全国公開
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youtu.be<STORY>
かつてレコードデビューを夢見たものの、僕のためにその夢を諦めた父さん。横須賀で楽器店を営みながら、時折地元のステージで歌声を披露しては喝采を浴びてきた。僕はそんな父さんが大好きだった。
だがある日、アルツハイマー型認知症と診断されてしまう。すべてを忘れゆく父さんを繋ぎとめたのは、強く優しい母、強い絆で結ばれた仲間、そして父さんが愛した音楽だった。 大好きな歌を歌う時だけ、いつもの父さんが戻ってくる。父さんの夢は僕ら家族の、皆の夢となって再び動き出す。
<STAFF&CAST>
監督:小泉徳宏
脚本:三嶋龍朗 小泉徳宏
音楽:横山 克
出演:寺尾 聰、松坂桃李、佐藤栞里、副島 淳、大島美幸(森三中)、齋藤飛鳥/ディーン・フジオカ、三宅裕司、石倉三郎/佐藤浩市(友情出演)/ 松坂慶子
配給:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会