カバー画像:『F1®/エフワン』より © 2025 WARNER BROS. ENT. ALL RIGHTS RESERVED.
素直に受け止めざるを得ない
少年のように楽しむ姿

6月末の公開以来、世界中で大ヒットを記録している『F1®/エフワン』だが、多くの人が夢中になっているのが、ブラッド・ピットの“カッコよさ”である。そんな風に本作を評価すると、ちょっと軽いイメージを持たれそうだが、シンプルにトップスターの魅力にノックアウトされる体験こそ、映画本来のマジックであると、本作は再認識させてくれた。ブラピは2025年の現在、61歳。もはやイケオジなどと呼ばれる年齢すら通り越した感もあるのに、F1®ドライバーとしての“現役感”をここまで表現できたのは、ちょっとした奇跡ではないか。
『F1®/エフワン』の撮影では、実際にブラピがサーキットでレーシングカーを運転しているが、本来、一流のF1®ドライバーになるためには子供時代から訓練を受けることが必要。そのハードル高い試練に対し、ブラピと、新進ドライバーのジョシュアを演じたダムソン・イドリスは、数週間のトレーニングで“それらしく”見せることに成功した。ブラピの製作会社、プランBでの彼のパートナーであるデデ・ガードナーが「ブラッドの人生にはクルマとバイクがいつもあって、レースには狂おしい情熱を傾けていた」と語り、ブラピ本人も「本物のレーシングカーで時速320kmで走りながら撮影するチャンスは逃せない」と打ち明けるように、本作のソニー役は彼にとって念願だったはず。作品を観るわれわれも、純粋にF1®ドライバー役を楽しみ、演技をしながらも少年のように心を躍らせる姿を、素直に受け止めることができたようだ。ブラピも撮影時はテンションが上がったようで、高低差のあるサーキットでの走行の際に、G(重力加速度)によって身体がマシンの床に押し付けられ、背骨が“圧縮”される感覚と共に、左右両方向に振られながら坂を上がっていく、F1®ドライバーにしか味わえない境地を満喫したという。
重なる2人の人生ーー
ソニーの“言葉”がブラピの“声”に

そして何より、『F1®/エフワン』でのブラッド・ピットに映画ファンが感動してしまうのは、ソニーのたどる運命や、要所での言動が、俳優ブラピのそれと重なるからだ。F1®の世界における一流ドライバーと、ハリウッド、いや世界の映画界でトップスターの俳優。“選ばれし”天才という点が、まずシンクロする。一般の人間にはわからない、頂点に立った者にしか見えない景色があるはずで、その景色がどんなものなのかを、われわれは『F1®/エフワン』を観ながら、ちょっとだけ体感する。ソニーは未来を嘱望されたF1®レーサーだったにもかかわらず、30年間も第一線を離れ、それでもその間、“運転”の仕事を続けていた。ブラピの場合、俳優として人気を得たのが20代の後半で、それ以来、トップの座をキープ。そこはソニーとは違うものの、劇中でソニーが「シューマッハやアイルトン・セナとも走った」と言及される時、映画ファンは若かりし頃のブラピが、リドリー・スコットやロバート・レッドフォードといったレジェンドに才能を開花させられたことに思いを馳せるかもしれない。
また、旧知のルーベンからAPXのチームに誘われるまで、レースの勝利に貢献してもどこにも契約しない、つまり一匹狼のレーサーを貫いていた孤高のソニーに、ブラピの俳優人生を強引にダブらせるのもアリだろう。現代の俳優は「個人経営者」であり、レースを転々とするソニーの生き方に近い。ソニーは2回の離婚歴があることも語られ、私生活でも孤独のようだが、アンジェリーナ・ジョリーとのドロ沼の離婚劇で、子供たちとの関係も悪化してしまったブラピの現状は、ソニーの演技に無意識に影響している……などと考えれば、ちょっと切なく胸が締めつけられる。
そしてソニーとブラピの最大の共通項が、自身の経験を次の世代に受け継ごうとする姿勢なのは間違いない。APXに加わった当初は、かなり“オレ様”的な行動や、無謀ともいえるレースのやり方で周囲との関係がぎくしゃくするも、最終的に後輩のジョシュアを一人前に成長させるための布石があったことも分かる。若い才能を世に送り出す努力を、気づかれないところでさりげなく積み上げるソニーは、まさにプランBのプロデューサーとして、埋もれそうな才能や企画を手助けしてきたブラピそのものではないか。
こうして映画を観ながら、役と俳優が異次元レベルで一体化することで、レーシングスーツに身を包んだブラピは神々しく観る者の心を支配し、「クルマに乗っていると、誰にも触らない。その瞬間を追いかける思いで走る」「走って死んでも、その人生を選ぶ」といった、ややカッコよすぎるソニーのセリフが、俳優ブラピの生の声として響いてくるのである。
『F1®/エフワン』のラストで、つねに願掛けのようにポケットに入れていた「あるもの」の絵柄をソニーがしみじみと眺めるシーンがある。映画を観るわれわれは絵柄を確認できない。しかしそれこそが、選ばれし者だけが許された光景なのだ……と思えば、美しい余韻はいつまでも続くことになる。
『F1®/エフワン』
アメリカ/2時間35分/ワーナー・ブラザース映画配給
監督:ジョセフ・コシンスキー
出演:ブラッド・ピット、ダムソン・イドリス、ケリー・コンドン、ハビエル・バルデム
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