須永恵(福士蒼汰)と恋人の木下亜子(福原遥)は共通の趣味の天文の本や望遠鏡に囲まれながら、幸せに暮らしていた。しかし朝、亜子を見送ると、恵は眼鏡を外し、髪を崩す。彼は双子の弟のフリをした、兄・須永涼だった。映画『楓』はスピッツが1998年にリリースした8thアルバム「フェイクファー」の収録曲「楓」からインスパイアされた作品である。SCREEN ONLINEでは行定勲監督にインタビューを敢行。キャストや演出について語ってもらった。(取材・文/ほりきみき)

福士蒼汰が涼と恵をしっかり演じ分ける


──監督が本作に関わることになった経緯をお聞かせください。

私が韓国ドラマ「完璧な家族」の撮影が終わって帰ってきた頃に、プロデューサーから「スピッツの『楓』からインスパイアされた映画を作ろうと企画しているのですが、監督をやっていただけませんか」と声を掛けていただいたのがきっかけです 。

企画は数年前から動いていたようで、その時点で髙橋泉さんが書いた脚本ができていました。細やかな話ではあるのですが、最後に「そうだったんだ!」とちょっと驚くことがあり、面白かったですね。細やかな話を膨らませて映画にするのが僕の理想なのです 。

そもそも映画は大きな変化が起きなくても、登場人物の動きや、その行動の原理があれば映画は作れると思っています 。特にラブストーリーは、「この人はこの人のことを好きであるが、その想いが簡単に叶わない障害がある」だけで、大体2時間くらい経ってしまう。今回はそれが一筋縄ではいかない感じになっている。映像的にも面白くアプローチできそうだと感じたので、受けさせていただきました 。

画像1: 福士蒼汰が涼と恵をしっかり演じ分ける

──楓には「美しい変化」「大切な思い出」「調和」「遠慮」など、色々な花言葉がありますが、監督はその中でも「遠慮」を大事にされたそうですね。

僕が監督として加わり、脚本の再開発を始めました。「到達点としてまだ何かあるのではないか」とプロデューサーたちと話し合っていたとき、僕が「なぜ『楓』というタイトルにしたのか。観客が納得しますかね」と切り出したのです。花言葉をみんなで調べていくうちに「遠慮」というのがありました 。日本人は情緒というのを大切にするがゆえに遠慮するみたいな感情を持ち合わせています 。涼と亜子にも何かあるという余白の部分があり、その感情を表に出さない、出せない環境で結びついている。「遠慮」がぴったり合うと思いました
。遠慮するということは、ちょっと引くこと。そこに余白が生まれて、何か感情があるということを観客が感じてくれますからね 。

亜子自身は決定的なところで遠慮して、ある決断をします 。それは死んでしまった恵に遠慮しているわけです。そういう話を外国の人にすると、「なぜ日本人ってそんなに遠回りするんだ」「生きている人と幸せになればいいじゃないか」と言われます。でも、そうすることに対して、日本人は節操がないと思ってしまう。むしろ「なんでこんな思っているのに言わないの?」という焦らされる感じに情緒を感じるんですよね。そういう意味でも、とても日本らしいオリジナルな作品になるのではないかと思いました。

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──主演の福士蒼汰さんは亡くなった弟のフリをする双子の兄という難しい役どころですね。

僕は福士さんのこれまでの作品を見ていて、役ごとにアプローチが違うのを感じました。それは成長の途中ということもあったかもしれませんけれどね。お会いしてみると非常に大らかで、ニュートラルな感じがしました 。役に対して、とても建設的で、スマートに会話のキャッチボールができたのです。福士くんはここ数年、海外の方とかなりコラボレーションし、いろんな荒波を超えてきたのだと思います。その中で、自分の俳優としての在り方みたいなものができてきたのでしょう。

福士くんには今回、双子を演じてもらっています。恵は何でもできちゃう才能がある人で、どちらかというと前に出るタイプ。涼はそれをじっと見て譲り受けて、根強くやり続けていくような人で、奥ゆかしさみたいなものを持つタイプ。そういう2人の演じ分けが、しっかりできていましたし、編集したら余計にそれを感じました 。高校生時代を演じた北島岬くんと上手くコラボできていたのです。実は、福士くんに高校生時代を演じてもらい、それを撮って、北島くんに「口調や声のトーンを完コピして」とお願いしたのです。もちろん完コピできるわけがないのですが、北島くんは実直なので、かなりがんばってやってきてくれました。

演出としては涼の顔を「鏡に映す」ことで“もう1人いる”という双子の気配を作れないかと思っていました。表情は鏡に見えていて、実体は背中でしか見えないというのは面白いのではないかと。それを撮影のユ・イルスンさんに伝えたら、角度などをかなり研究して、プレゼンしてくれたので、その中から選んだものをいくつか使いました。

画像3: 福士蒼汰が涼と恵をしっかり演じ分ける

──亜子を演じた福原遥さんにも高校時代を演じてもらったのでしょうか。

もちろん、福原遥さんにも高校時代をやっていただきました。福原さんは声が特徴的で、若い頃を演じた泉有乃さんとは声帯が違います。同じような声は出せません。泉さんには福原さん的なアプローチを高い声でやってもらったことで高校時代と現在が連携されたようです。高校時代の2人が大人になってからの2人の強い裏付けになってくれました。

福原さんを見ていて、「あれ?」と思う方がいらっしゃるかもしれません。亜子は複視のため、涼が二重になって見えます。その視界が一つになっていくシーンがあるのですが、繊細な表現が美しくできたと思います。

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──現場で印象に残るエピソードはありましたか。

実は福士くんと福原さんにはニュージーランドでの撮影初日にかなり迷惑をかけてしまったのです。僕はスタッフと彼らが来る3日ぐらい前に現地入りして、ロケハンなどの準備をしていたのですが、そのときはずっと晴れていました。ところが天気予報を見ると天気は下り坂で、時間の経過とともにどんどん悪くなっていくとのこと。撮影が始まるというのに絶望的でした。

それでも、福士くんと福原さんが撮影現場に到着する日はめちゃくちゃいい夕日が出そうだったので、空港から現場に来る車中で着替えてもらい、メイクは現場で急いで済ませて、引き画だけ撮らせてもらいました。2人にとっては心の準備をする間もなく、大変な撮影だったと思います 。でも、そのおかげで、夕景からマジックタイムに暮れていく情景の中のふたりが撮影できました。天気が良くないと、背景の山が茜色に染まって、雄大な風景には見えなかったでしょうから。ニュージーランド滞在中は、すべて晴天ではありませんでしたが、奇跡的に理想の光が捉えられたと思います。

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