裏テーマは「人間は一面的には語れない」
──キャストの演技だけでなく、脚本も素晴らしいと思ました。執筆で一番大事にされたことは何でしょうか。
まず大事にしたのは、原作で語られている大切な部分を絶対にずらさないこと。そして、登場人物たちの愛おしさですね。原作を読んで、笑って泣いてしまったので、その「笑いと涙」を大切にしたいと思いました。
これは僕が以前からずっとやってきたことでもあるのですが、今回も「笑って、時々泣いてもらえる作品」を目指しました。

──先程お話されていた最後のアパートのエピソードは原作にはありません。監督のオリジナルでしょうか。
この映画は、原作にある要素、村井さんへの取材で得た情報、そして僕のオリジナルの要素の3つで構成されています。あのシーンは完全に僕のオリジナルですが、取材や原作の趣旨を踏まえたうえで、ずれないように作りました。執筆途中で原作者の村井さんに相談はしていませんが、完成した脚本は最終的に確認していただいています。
──兄が作る焼きそばは2種類のソースを使うというエピソードが出てきますが、これも監督のオリジナルでしょうか。
それは取材を元にしたエピソードです。お兄ちゃんは家族のためによく焼きそばを作ってくれ、焼きそばのパックに入っている粉ソースが嫌いで、いつもこだわって2種類のソースを使っていたと村井さんから教えてもらいました。兄が使っていた車の中に、焼きそばのパックが落ちていたというエピソードも実話です 。
──葬儀屋さんが普段着の理子ではなく、喪服を着ていた加奈子に名刺を渡してしまったこと、骨壺がほんのり温かいといったことは経験がないと書けないシーンだと思いましたが、それらも取材でしょうか。
僕は火葬場のシーンを6回ぐらい映画で撮影しているだけでなく、身寄りの死を何度も経験しているので、何となく見たり聞いたりしていることを書きました。

──「トロイメライ」が何度も流れますが、原作には出てきません。なぜトロイメライだったのでしょうか。
僕がもともと好きな曲で、学生時代に初めて作った映画でも使いました。トロイメライは「子供の情景」という曲集の一部ですが、僕の中では「生と死」をイメージさせる曲なのです。今回も初心に戻るような気持ちで、キーポイントの曲として使いました。
──本作を通じて監督が伝えたかった思いについてお聞かせください。
実は、僕はずっと「残された人がどう生きるか」を描いてきました。『湯を沸かすほどの熱い愛』もそうですし、今回もその流れにあります。
ただ、今回はもうひとつ裏テーマがあり、「人間は一面的には語れない」ということも描いています。SNSなどで「この人はこういう人」と決めつける風潮がありますが、僕はそれに違和感がある。お兄ちゃんという人物も、見る人によって印象が違う。本人ですら自分がどんな人間か分からないかもしれない。人間としての複雑さを表現したかったのです。
──理子自身が母であり、妹であり、見る人によって印象が違いますよね。作品の冒頭のサイン会でファンに「家族とは何ですか」と問われ、理子が言葉に詰まる場面がありましたが、監督にとって家族とは何でしょうか。
定義はありません。それぞれの家族によって感じ方が違うからです。僕は毎回、その家族にとって「家族とは何か」を感じて描いているだけで、自分の中で「家族とはこうだ」と言えるものはありません。
ただ、探しているのは確かです。「家族がいるから僕がいる」という思いはあります。でも「家族は素晴らしい!」と声高に言うつもりはありません。

<PROFILE>
中野量太
1973年7月27日生まれ。京都育ち。
大学卒業後、日本映画学校(現:日本映画大学)に入学し3年間映画作りの面白さに浸る。2012年、自主長編映画『チチを撮りに』(12)を制作、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭にて日本人初の監督賞を受賞し、ベルリン国際映画祭を皮切りに各国の映画祭に招待され、国内外で14の賞に輝く。20166年、商業デビュー作『湯を沸かすほどの熱い愛』が、日本アカデミー賞・最優秀主演女優賞、最優秀助演女優賞など6部門受賞、国内映画賞で35冠、米アカデミー賞外国語映画部門の日本代表に選ばれる。2019年、初の原作モノとなる『長いお別れ』が、ロングランヒットに。2020年、『浅田家!』が、日本アカデミー賞・最優秀助演女優賞など8部門受賞。フランスで観客動員25万人を超えるヒットに。独自の感性と視点で、家族を描き続けている。

『兄を持ち運べるサイズに』2025年11月28日(金)公開
- YouTube
youtu.be<STORY>
作家の理子は、突如警察から、兄の急死を知らされる。兄が住んでいた東北へと向かいながら、理子は兄との苦い思い出を振り返っていた。警察署で7年ぶりに兄の元妻・加奈子と娘の満里奈、一時的に児童相談所に保護されている良一と再会、兄を荼毘に付す。 そして、兄たちが住んでいたゴミ屋敷と化しているアパートを片付けていた3人が目にしたのは、壁に貼られた家族写真の数々。子供時代の兄と理子が写ったもの、兄が作った家族である加奈子・満里奈・良一が写ったもの・・・ 兄の後始末をしながら悪口を言いつづける理子に、同じように迷惑をかけられたはずの加奈子はぽつりと言う。「もしかしたら、理子ちゃんには、あの人の知らないところがあるのかな」 兄の知らなかった事実に触れ、怒り、笑って、少し泣いた、もう一度、家族を想いなおす、4人のてんてこまいな4日間が始まったー。
<STAFF&CAST>
脚本・監督:中野量太
原作:「兄の終い」村井理子(CEメディアハウス刊)
出演:柴咲コウ オダギリジョー 満島ひかり 青山姫乃 味元耀大
配給:カルチュア・パブリッシャーズ
©2025 「兄を持ち運べるサイズに」製作委員会


