夜遅く、覚えのない番号から電話が掛かってきた。戸惑いながら電話に出ると相手は宮城県の警察官を名乗り、兄の死を告げた。『兄を持ち運べるサイズに』は作家村井理子が自身の体験をもとに綴ったノンフィクションエッセイ「兄の終い」を原作に、疎遠になっていた兄の急死をきっかけにバラバラになっていた家族が集結し、兄の人生の後片付けで様々な事実と直面する数日間を中野量太監督の脚本で映画化した作品だ。主人公を柴咲コウ、兄をオダギリジョー、兄の元妻を満島ひかりが演じている。公開を前に中野量太監督にインタビューを敢行。作品に対する思いを聞いた。(取材・文/ほりきみき)

圧倒的な主役感がありながらも等身大の主婦を演じ切った柴咲コウ


──『浅田家!』で「僕の作品のテイストは“苦しい中でも最後は前向きに明るく”ということ」とおっしゃっていましたが、本作でもそれを強く感じました。主演の柴咲コウさんとは主人公の村井理子をどのように作っていかれましたか。

理子は実在の人物なので、風貌などは参考にしつつも、単なる模倣ではなく、柴咲さん自身の中で理子を作っていこうと話したところ、柴咲さんはリモートでご本人に取材をし、聞きたいことをしっかり聞いて役作りに活かしてくれました。

また、理子は現在の家族の中では母ですが、物語が進むにつれて、かつての家族における妹の側面が大きくなっていくので、その演じ分けも意識しました。柴咲さんは途中から本当にかわいらしい妹になっていってくれたと思います。

──柴咲さんから、「こんな風なアプローチをしたい」という提案はありましたか 。

特におっしゃってはいなかったですが、自らいろいろなアプローチをしてくれていました。途中で、母として毎日手作りのお弁当を自分で作って現場に来ていたと聞いています。

画像1: 圧倒的な主役感がありながらも等身大の主婦を演じ切った柴咲コウ

──柴咲さんとは今回、初めて組まれたかと思いますが、いかがでしたか 。

柴咲さんには強くてかっこいいイメージがあります。初めて顔合わせしたときにやはり圧倒的な存在感というか、主役感がありました。それを「どうやって削っていこうか」と思っていましたが、僕が削らなくても、ご本人がきちんとアプローチして、村井理子という等身大の主婦を演じてくれました。ありがたかったですし、すごいなと思いました。

──柴咲さんには強くてかっこいいイメージがあるので、実はなぜ理子役に柴咲さんをキャスティングされたのか気になっていました。

ドンピシャというよりも、むしろアプローチしてもらわないと理子にはならないというのは分かっていましたが、柴咲さんならできるはずという期待感がありました。何より、僕が一度、柴咲さんと一緒にやってみたかったのです。

──マイペースで自分勝手な兄をオダギリジョーさんが演じています。母親の葬式の場面では嫌悪感しかありませんでしたが、物語が進むにつれて印象が変わり、最後にはとてもチャーミングに見えてきます。この振り幅の大きさはオダギリさんだからこそだと思いました。『湯を沸かすほどの熱い愛』(2016)では失踪したダメな夫を演じていましたが、今回の役どころについて、監督からご覧になっていかがでしたか。

最初から「この役はオダギリさんしかいない」と思ってオファーし、脚本をお送りしたのです。断られたらどうしようと心配していましたが、「脚本が面白いからやりたいです」と直接メールをくださって、ホッとしました。

葬式のシーンは、観客に嫌悪感を抱かせることが必要でした。そこがあるからこそ、後半で「本当はどうだったのか」が見えてくる。オダギリさんには「憎まれるように演じましょう」と伝えましたが、見事なほどに嫌な人物を演じてくれました。

『湯を沸かすほどの熱い愛』のときは段取りで毎回違うことをされていましたが、今回は「面白い本は脚本通りにやるんだよ」と言って、脚本通りに演じていました。役を本当に好きで演じてくれているのが伝わってきてうれしかったです。

特に最後のアパートのシーンは、どこまでできるか不安もありましたが、予想以上の表現力を見せてくれ、あの笑顔には本当に心を打たれました。

──オダギリさんは監督もされる方ですが、演技の中で「監督的な発想だな」と感じた場面はありましたか。

どう見られるか、どう捉えられるかを理解しているのは、監督ならではだと思います。葬式では理子が「わざとらしい」と嫌悪感を抱くように、芝居がかった泣き方をお願いしたところ、脚本には書いていないのに木魚を叩いて、それを見事に表現してくれました。短いシーンで人物像を強く印象づけるあたりは、監督的な発想かもしれません。

先程お話した、最後のアパートのシーンも脚本の趣旨をよく分かってくれているから、理子、加奈子、良一の3人にとってのお兄ちゃんをそれぞれ完全に演じ分けていらっしゃいます。それは、本を読む力が誰よりもすごいからだと思います 。

画像2: 圧倒的な主役感がありながらも等身大の主婦を演じ切った柴咲コウ

──兄の元妻・加奈子を満島ひかりさんが演じています。兄と離婚をするときになぜ息子を引き取らなかったのかを理子に問われた後でタバコを吸う後ろ姿と、息子を引き取ることが決まった後にタバコを吸う後ろ姿がまったく違っていて、さすが満島さんだと感じました。今回初めてご一緒されましたが、いかがでしたか。

本当に面白い女優さんだと思いました。あのタバコのシーンは、意図的に後ろ姿で違う人物像を描きたいと思って撮ったのですが、満島さんには細かい指示はしていません。脚本にすべて書いてあるつもりなので、満島さんには「向こうに行ってタバコを吸って戻ってきてください」とだけ伝えました。しかし満島さんは見事に演じ分けてくれました。後ろ姿だけで気持ちを表現できるのは、すごいことだと思います。

芝居とは表に出して演じるだけでなく、その人物がどう考えているかを想像させるものだと思っていますが、満島さんはその塩梅が絶妙なのです。いい俳優の条件のひとつは、監督が伝えようとしていることを理解してくれる、脚本の読解力だと思っていますが、満島さんもその力が非常に高い方です。

──タバコのシーン以外に満島さんの素晴らしさを感じたシーンはありましたか。

児童相談所で良一を迎えに行くシーンですね。泣き叫ぶわけではないけれど、負い目を感じながら「一緒に暮らしたい」と言わなければならない緊張感。児童相談所の担当者の言葉に対する反応など、非常に繊細な感情が求められる場面でした。

テイクは1〜2回だったと思いますが、その1回に集中できるよう、現場を丁寧に作りました。

画像3: 圧倒的な主役感がありながらも等身大の主婦を演じ切った柴咲コウ

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