〜今月の3人〜
杉谷伸子
映画コラムニスト。TIFFで観たチリ映画『波』。女子学生たちの抗議運動を描く、歌とダンスのパワーに興奮。
前田かおり
映画ライター。26年1月公開の邦画『郷』。伊知地拓郎監督は北京電影学院卒の27歳。同じ鹿児島出身で激推しします。
米崎明宏
映画ライター・編集者。東京国際映画祭で前売りチケットが即完売した『MISHIMA』を運よく観ることができました。
杉谷伸子 オススメ作品
『エディントンへようこそ』

ホアキン・フェニックス×アリ・アスターのタッグで
SNS社会の現実を織り込んだ混沌を描く
評価点:演出4/演技5/脚本4/映像4/音楽4
あらすじ・概要
コロナ禍でロックダウンされた小さな町エディントン。マスクの着用をめぐって、現市長テッドと対立した保安官ジョーは、次期市長選に立候補するが…。
ホアキン・フェニックスは、不安や妄想に憑かれた人物の狂気や混沌を恐ろしいほどリアルに体現できる俳優だ。『ボーはおそれている』でも組んだアリ・アスターとのタッグは、ある意味最強と言える。ホアキン演じる保安官ジョーが、市長と繰り広げる“マスクをする、しない”という揉め事は、コロナ禍にあちこちで繰り広げられたものだ。ホアキンは、その小さな諍いをきっかけに、家庭や自身の問題が噴き出すなか、制御が効かなくなっていく男の運命に観客を引きずりこんで、期待を裏切らない。
アスターは、その混沌を前作の壮大な幻覚的表現とは異なり、承認欲求やら陰謀論が渦巻くSNS社会の現実を織り込んで描きつつ、サスペンスとしても堪能させる。そのエンタメ性に一役買っているのが、ペドロ・パスカルやエマ・ストーンといった豪華な顔触れ。作品の成功とともにビッグネームが集まるようになるものだが、それによってアスター流のクセの強い世界がとっつきやすくすると同時に、展開の衝撃度も増すことに。このバランスも魅力だ。
公開中、ハピネットファントム・スタジオ配給
© 2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
前田かおり オススメ作品
『世界一不運なお針子の人生最悪な1日』
糸と針を武器に、自分の人生を切り広く
道を模索するお針子。その真意は!?

評価点:演出4/演技4/脚本5/映像4/音楽4
あらすじ・概要
スイスの田舎町で亡き母から店を受け継いだお針子のバーバラ。だが、店は廃業寸前で人生崖っぷち状態。そんな時、犯罪現場に遭遇した彼女は思いがけない形で人生を左右する事態に巻き込まれていく。
舞台は絵葉書でよく見るようなスイスの山間ののどかな田舎町。そんな場とは不似合いな犯罪に、お針子の女性が遭遇したことから始まるクライムサスペンス。監督のフレディ・マクドナルドが19歳で制作した同名短編をベースに、人生崖っぷちのヒロインがヤバそうだけど、一発逆転のチャンスを前にしたとき、「完全犯罪(横取り)」、「通報」、「見て見ぬふり」のどれを選べば救われるのかが描かれる。
それにしても、本作は驚くことばかり。最たるものは、やはり糸と針を武器にヒロインが冷酷なマフィア相手に切り抜けていくスキルの高さ。しかも、ピタゴラスイッチ的な仕掛けだけに、つい引き込まれる。演じるアイルランド出身のイヴ・コノリーもいい。儚げだが、進退窮まった人間の覚悟が全身から漂い、じわじわと彼女の中に鬱積したものが見えてくる。亡き母が作った大量の歌う刺繍に白い裁縫箱、ミントブルーの小型車などなど。可愛らしいアイテムばかりで母の遺志を守ることに必死なのかと思いきや、マフィアとその息子のやり取りで彼女の真意も露わに。まさか、そんな話だったとは、一番驚いた。
公開中、シンカ配給
© Sew Torn, LLC
米崎明宏 オススメ作品
『WEAPONS/ウェポンズ 』
同じクラスの子供たちが忽然と姿を消した怪事件の謎を
巧みなショック演出で描く

評価点:演出4/演技5/脚本4/映像5/音楽4
あらすじ・概要
米ペンシルべニア州の静かな街で、同じクラスの17人の子供が急に家を飛び出して姿を消すという事件が発生。担任のジャスティンが父兄に責任を問われるが、何も知らない彼女は一人だけ難を逃れた生徒に注目していた。
その映画の面白さを説明する際に、ほとんど物語について話すことができないというパターンが時々あるが、本作もそんな1本。序盤だけ明かすと、アメリカの平穏な郊外の街で、ある日同じ学校の同じクラスの子供たちが深夜にもかかわらず同じ2時17分にベッドから起き出し、家を飛び出して暗闇の中に駆け出していく。そして彼らの行方はわからなくなった…。一体子供たちに何が起きたのか? という謎めいた幕開け。
これ以降、この出来事がいかに発生し、どう展開し、なぜ起きたのか、という解明と顛末が、クラスの担任をはじめ数名の登場キャラそれぞれの視点から徐々に明かされていく。監督・脚本の新鋭ザック・クレッガーの手際が良く、ショック演出も巧み。子供たちが集団で異常な行為を取るという設定が、なんとなく『光る眼』に似ているところもあり、そういうオチかと思うと、別の展開が待っているあたりも上手い(途中で事件の元凶をほのめかすヒントも出てくる)。ともかくなるべく前情報なしで鑑賞することをおすすめしたい。
公開中。ワーナー・ブラザース映画配給
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