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マイケル・ジャクソンとはどんな人物?

「バッド」ツアーで熱唱するマイケル
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兄弟グループで人気を呼び、ソロになってからも名曲を連発
かつて世界中で圧倒的な支持を得ていたアメリカのシンガー、マイケル・ジャクソン。そんな彼の人生をたどる伝記映画『Michael/マイケル』が公開される。生前、〈キング・オブ・ポップ〉と呼ばれ、「人類史上、最も成功したエンターテイナー」としてギネスブックにも認定されている。今回の映画の内容も入れつつ、彼の足跡をたどり直したいと思う。
マイケルが生まれたのは1958年8月29日で、映画ではすでに少年となったマイケルが登場する。最初の舞台は1966年のインディアナ州ゲイリーで、そこに住むジャクソン家のリビングから始まる。兄弟たちは音楽活動を行い、やがては“ジャクソン5”というグループとしてプロデビューを果たす。最初、小さなクラブで歌っていたが、実力を認められ、ソウル・ミュージックの有名レーベル、モータウン・レコードの所属となる。60年代のソウル・ミュージックのメッカとなっていたこの会社には、スティーヴィー・ワンダーやマーヴィン・ゲイのように黒人の大物アーティストが大勢いた。

兄弟たちと組んだ「ジャクソン5」時代のマイケル(手前)
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“ジャクソン5”は69年に正式デビューを果たし、特に70年代前半に全盛期を迎え、「ABC」「ネバー・セイ・グッドバイ」「アイル・ビー・ゼア」といった曲で全米のヒット・チャートをわかせた。また、マイケルがソロとして出した映画『ベン』のテーマも人気があった。
今回の映画ではジャクソン5やマイケル自身のオリジナル音源が使われる。子役のジュリアーノ・クルー・ヴァルディが幼いマイケル役だが、コンサート会場での歌唱シーンを見ていると、子どもの頃から、マイケルが天才的なシンガーだったことが分る。劇中にはモータウンの大物プロデューサー、ベリー・ゴーディ・ジュニアがマイケルの歌唱に驚く場面も出てくる。

数々のヒット曲を生み出したクインシー・ジョーンズと
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マイケル自身の大きな転機になったのは1979年のアルバム「オフ・ザ・ウォール」。大物のジャズ・ミュージシャンであり、辣腕プロデューサーでもあったクインシー・ジョーンズがプロデュースを担当。現代的で洗練されたサウンドを作り上げ、セールスも大成功。ここからマイケルの快進撃が始まる。劇中にはそんなクインシーとの温かい交流場面も出てくる。
そして、マイケルが爆発的な人気を得るきっかけとなったのが、クインシーが手がけた82年の2作目のアルバム「スリラー」。表題曲以外にも「今夜はビート・イット」、「ビリー・ジーン」などマイケルの代表曲となるナンバーが収録され、全米チャートでは37週間に渡ってアルバム・チャートの1位を記録。世界中で7000万枚以上を売り上げ、まさにモンスター級のヒットとなった。

84年のグラミー賞で
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アルバム「スリラー」の大ヒットに貢献したのが、ミュージック・ビデオ作りだった。それまで黒人のミュージック・ビデオは音楽ビデオの専門局、MTVで流れていなかった。しかし、マイケルの「ビリー・ジーン」は初めて黒人ミュージシャンによるビデオとしてオンエアされる(映画にも大手レコード会社がMTVに放送するよう圧力をかける場面が出てくる)。彼のビデオの内容も斬新なものが多かった。「今夜はビート・イット」は実際に都市部で起きたストリート・ギャングの抗争に着想を得たもので、本物のギャングたちもダンサーとして出演。生々しいエネルギーを持ったダンスを見せることで、大きな注目を集めた。また、B級のホラー映画に触発された「スリラー」のミュージック・ビデオはホラーのパロディ的な構成で、特殊メイクでモンスターのかっこうをしたマイケルやダンサーがユーモラスな踊りを見せる。今回の映画ではこうしたビデオのメイキング場面も再現される(「スリラー」のビデオは映画『ブルース・ブラザース』のジョン・ランディスが監督していて、99年に「歴代MTVの最も偉大なビデオ」が選出された時、第1位に輝いている)。
社会現象にもなる成功をおさめたが私生活では孤独な一面も
歌だけではなく、新しいスタイルのダンスも作り上げたマイケルは83年からは彼の代名詞ともいえるムーン・ウォークも披露。今回の映画を見ていると、歌唱や曲作り、ダンス、映像作りなど、クリエイターとしてマルチな才能とアイデアをマイケルが持っていたことが分かる。また、過去の黒人音楽の枠を超え、親しみやすく現代的なサウンドのおかげで、その人気が人種を超えて広がった。さらにスリムな短めのパンツ、スパンコールの手袋、白いソックスにペニー・ローファーなど、ファッションセンスも独特だった。さまざな面で影響力を持つことで〈キング・オブ・ポップ〉の称号を得たのだろう。

世界中に衝撃を与えたムーンウォーク
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社会現象的な人気を獲得した「スリラー」の後は、クインシーとの3作目のアルバム「バッド」を87年に発表。この時は『タクシードライバー』の巨匠、マーティン・スコセッシを招き入れ、俳優のウェズリー・スナイプスも参加したストリート感覚あふれるミュージック・ビデオを作り上げた。今回の映画ではこの表題曲が後半のコンサート場面で歌われる。1980年代は彼の絶頂期となった。また、映画には出てこないが、86年にフランシス・フォード・コッポラ監督による3Dのアトラクション「キャプテンEO」がディズニーランド用に作られ、こちらも話題を呼んだ。

「バッド」のMVを撮影中のマイケル
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「キャプテンEO」に出演したマイケル
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その後も安定した人気を得ていて、90年代には「デンジャラス」「ヒストリー」などのヒット曲もあったが、私生活上ではいくつか問題も浮上し、訴訟事件も起きている。そして、2009年6月25日に50歳という若さで他界した。
今回の映画では、少年時代から周囲の同世代の人間とのふれあいが乏しかったマイケルの孤独な部分も描かれている。家で多くの動物を飼い、猿やラマなどを人間以上に心が通じ合う友達と考え、絵本の「ピーター・パン」に心を慰められている。そんな姿からはスーパースターとなった人物の複雑な感情も伝わる。ただ、この映画の軸はサクセス・ストーリーで、彼の並外れた才能と音楽への情熱に焦点が当てられる。過去に13回グラミー賞を受賞(ノミネートは38回)、全世界でのレコード売り上げは10億枚という途方もない数字だ。今回の映画は人気曲を集めた〈ベスト・ヒット・オブ・マイケル・ジャクソン〉として構成されることで、全米では異例の興行的な成功を収めているようだ。
