SNSを中心に社会現象を巻き起こし、映画も大ヒットを記録した『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』。その待望の続編となる映画『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』8月7日(金)の公開を前に、原作者・汐見夏衛先生へのインタビューが実現。作品に込めた元教員ならではの想いや、映画版での大胆な設定変更に隠された制作陣の深い原作愛、そして前作に続き、主題歌を書き下ろした福山雅治さんとの「鎮魂」を巡るエモーショナルな対談の舞台裏まで、作品への愛が詰まった貴重なお話をたっぷりとお届けします。(取材・文/ほりきみき)

映画の「設定変更」に隠された、制作サイドの深い原作愛

──原作は前作のすぐ後から始まりますが、映画では百合が大人になっているので、ちょっと驚きました。しかし、百合と涼がSNSを通じて距離を縮めていく感じや、涼が百合に思いを伝えた場所から海が見えたことなどから、制作サイドの原作へのリスペクトを感じました。

前作のときも、原作では中学生だった登場人物が映画では高校生に変更されていましたし、何より同じ役者さんが数年を経て演じてくださることを考えると、「前作のすぐ後」という時間軸をそのまま映像化するのは難しいだろうな、というのは最初から感じていました。実際、かなり早い段階で百合が社会人になるというお話も伺っていて、そこには自然と納得していた部分があります。

もともと原作小説は、小学校高学年から中学生くらいの読者に届けばいいなと思いながら書いた作品でした。だからこそ、映画『あの花』が世代を超えて、本当にたくさんの方に受け取っていただけたことは、私にとって驚きでもあり、同時にとても大きな喜びでもありました。60代、70代の方からお手紙をいただいたときは、「こんなふうに広がっていくんだ」と胸が熱くなりましたし、親世代の方や同年代の方が真剣に作品を応援してくださることにも、何度も励まされてきました。

そうした広がりを思うと、原作と同じ年齢設定のままでは、どうしても“10代だけの物語”に閉じてしまうのではないか、という感覚もあって。前作を観てくださった方が、その延長線上で今作に触れてくださることを考えたとき、百合を社会人として描くという選択は、作品の扉をもう一段大きく開いてくれる、とても素敵なものに感じられました。

さらに、百合が教師になったことで、これまで物語を読んできてくれた学生の方々にとっても、ぐっと身近な存在になったと思うんです。「学校の先生もまた、一人の人間として悩みながら生きているんだ」という一面が垣間見えることも、この設定ならではの魅力だと思いますし、そもそも彰が教師を目指していましたから、まったく違う職業よりも、より自然に感情を重ねてもらえるのではないでしょうか。

10代の方にも、大人の方にも、それぞれの立場から心を寄せてもらえる。そういう意味でも、本当に絶妙で、あたたかい広がりを持った設定だと感じていますし、原作者としてもうれしい気持ちでいっぱいです。

画像1: 映画の「設定変更」に隠された、制作サイドの深い原作愛

──「あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。Another」では千代が独身を貫いたことが描かれていますが、本作の千代は戦後、石丸とは別の人と結婚しました。この設定変更によって、特攻隊として命を落とした人だけでなく、出兵したものの生き延びて帰ってきた人にも戦争は深い傷を与えたことが伝わってきました。この辺りについて、先生はどう思われますか。

現実の歴史を振り返ると、戦争で恋人を亡くされた方のほとんどは、やはり戦後に別の方と結婚していらっしゃるんですよね。それが現実だと思いますし、時代背景的にも、周りの方から心配されて「結婚しなさい」と言われることが多かったと思います。

私が「Another」で描いた「独身を貫いた千代さん」は、以前NHKのドキュメンタリー番組で拝見した実在のおばあさんがモデルになっています。特攻で亡くなった大好きな方のことを、80代、90代になってもずっと思い続けて生きていらっしゃるおばあさんが出てきて、その方をイメージして描いたんです。

画像2: 映画の「設定変更」に隠された、制作サイドの深い原作愛

人生にはいろんな選択肢があると思っていて、百合のように新しく始める生き方もあれば、一人だけを思い続ける生き方もある。そういう「いろんな道があるんだよ」という意味を込めて原作では描きました。ですから、原作を知っている方が映画を観ると、「同じキャラクターなのに設定が変わっている」と驚かれるとは思います。でも、それは違う選択をしたパラレルワールドのようなもので、「独身を貫いた千代さん」と「新たな道を選んだ千代さん」、それぞれを通じてまた色々考えるきっかけになるんじゃないかな、と思いました。

それに、映画に登場する林吉さんというキャラクターについてですが……。これは脚本の山浦さんに直接伺ったわけではないのですが、おそらく制作陣は、むしろ林吉さんというキャラクターを出すために、千代さんを再婚という設定にアレンジしたんじゃないかな、と私は思ったんです。私の原作では、生き残った方の話はあまり出てこないので、映画ではそこを描きたかったのかなと。これもまた大人世代に向けてというか、上の年代の方ほど、そういう描写を見ると色々と思うところがあるはずです。林吉さんのように「生き残ったけれど、じゃあ生き残れて幸せだったか」というと、決してそれだけではなく、多くの仲間を失ったことに対するサバイバーズ・ギルトで苦しんだ方が実際にたくさんいらっしゃいます。そうした戦争のもう一つの側面を描きたかったからこその、映画の設定変更なんじゃないかなと勝手に思っています。

「あの花」を読んでくれた10代の若い子たちは、作中で特攻として亡くなってしまったキャラクターに対して「かわいそう」「辛い」と感じて読んでくれていると思うのですが、この映画を観ることで「生き残った人たちは、その後どうなったんだろう」と知るきっかけにきっとなるはずです。そういった意味でもすごく大事なシーンだと思いますし、千代が結婚して、傷を抱えた者同士で支え合って生きていったんだという描写が出てきたのは、本当にいい設定だなと思いました。

画像3: 映画の「設定変更」に隠された、制作サイドの深い原作愛

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