(カバー写真/撮影・工藤静佳)
映画愛で結ばれていた盟友の想いを絶やさず、完成させた映画
ロバン・カンピヨ監督は、2017年の第70回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門でグランプリに輝いた『BPM ビート・パー・ミニット』(2008)で、高い評価を得ている。エイズや、それに伴う差別問題を抱えた時代に生きる、若者たちの姿を描いた作品として注目を集めた。

ロバン・カンピヨ監督 撮影・工藤静佳
それまでも、フランス国立映画学校時代からの盟友であるローラン・カンテ監督作品で、第61回カンヌ国際映画祭の最高賞パルムドールを獲得した、『パリ20区、僕たちのクラス』(2008)では、脚本と編集を手がけている。
この作品は、2009年の第81回アカデミー賞外国語映画賞部門にノミネートもされた。その他、カンピヨ監督は、多くのカンテ監督作品で脚本と編集に携わり、彼へのリスペクトを掲げてきた。二人の信頼の絆とそれに伴う映画愛には並々ならないものを感じさせる。
カンピヨ監督の新作となる本作、『君の見る世界をなぞる』は、カンテ監督が企画して制作を進めていた作品だった。しかし、監督として手がけることが叶わずこの世を去ったカンテ監督の意思を受け止め、監督、脚本、編集をカンピヨ監督が手がけ完成にいたったという。
2025年の第78回カンヌ国際映画祭「監督週間」のオープニング上映となった。
豊かさへの反発、抑さえきれない恋の芽生えを美しく哀しく描く

エンゾ(左)は、ウクライナから来たブラドに惹かれる ©Les Films de Pierre
『君の見る世界をなぞる』は、裕福な家庭に育つ16歳の男子、エンゾという主人公が体現した、悩み多き思春期のひと夏の南仏での物語という設定だ。だが、それだけではいたって、定番的な青春映画に思える。
しかし、若きエンゾの不安や葛藤は、恵まれた家庭への理由のない猜疑心や、押さえきれない年上の青年ブラドへの思慕と愛の芽生え、さらには、ウクライナ戦争が続く不穏な時代に、居心地の悪さを滲ませた秀逸な作品となっている。
エンゾにとっての、そんな複雑極まりない「モヤモヤ」を、あくまで透明感溢れる美しさで、ゆえに哀しみをも誘う、そんな仕上がりは、かつてのフランソワ―ズ・サガン原作、オットー・プレミンジャー監督作品『悲しみよこんにちは』(1958)をも想い出させてくれた。
ジャン゠リュック・ゴダール監督『勝手にしやがれ』(1960)で主演した、あのジーン・セバーグが主演して大ヒットした、美しくも残酷な青春映画の金字塔であるが。
この名作に限らず、いわゆる「青春映画」は残酷な思い出を残す。というイメージがつきまとうが、果たして、『君の見る世界をなぞる』にも、死の予感がつきまとう。奇しくも、カンテ監督の望まない死という出来事にも通じるような。そこが見どころではないかと思わされた。
プロの俳優とアマチュアを組み合わせる斬新なキャスティング
エンゾというブルジョワ階級の青年は、豊かゆえの反発からか学校に行かず、工事現場で働いていた。そこで出会ったウクライナから出稼ぎにやって来た、移民で年上の青年ブラドに惹かれる。野性味溢れる彼へは、外の世界への憧れや兄の存在なども重ねていくが、次第にその想いは恋心として膨れ上がっていく。しかし、ブラドは仕事を終えるとウクライナに戻り、兵役のために戦場へと向かう運命なのだ……。
エンゾを演じるエロワ・ポユは、水泳の選手でもあるという新人。彼の憧れのブラド役は、ウクライナ出身で実際の工事現場で働く、アマチュア俳優のマクシム・スリヴィンスキー。
そこに、80年代からのフランス映画で、アイドルのように日本でも人気が集まった女優、エロディ・ブシェーズをエンゾの母親としてキャスティングするという演出が興味深い。これらは、カンテ監督からの強い提案と要望でもあったという。

エンゾを演じるエロワ・ポユ ©Les Films de Pierre

ブラドを演じるマクシム・スリヴィンスキー ©Les Films de Pierre
亡くなったカンテ監督の力を感じながらの映画制作
――フランス映画祭2026のオープニング・セレモニーで、来日されていた監督のお姿を拝見しました。とても、優しそうな方で安心しました。
そうでしたか。ご安心ください(笑)

オープニング・セレモニーでのロバン・カンピヨ監督 撮影・工藤静佳
――『君の見る世界をなぞる』は、2025年のカンヌ国際映画祭の監督週間部門のオープニングで上映されました。改めましておめでとうございます。しかし、そこにはこの作品を企画していたローラン・カンテ監督は、もういらっしゃらなかったわけですよね。
そうですね。彼がそこにいなかったのは残念ですし、それ以前に制作も一緒に出来なかったことが残念でなりません。
――そうなりますと、本作の完成はカンテ監督のためのレクイエムとも言えそうです。
そうですね。ただ、そういったことだけにこだわらず、生き生きとした映画を作りあげることをめざし、完成出来たと思います。
――撮影中にもカンテ監督がいるような感覚ってありましたか?
カンテとは21歳の頃からつきあっていた仲ですから、自分の一部のような存在でした。ですから、本作を彼に代わって手がけながら、撮影の時だけではなく脚本を書いている時もそうでしたし、今も彼がいないと感じてはいなくて、ずっと心強い気持ちでいられます。
登場人物に自分と友の姿を意識してなぞらえている。これぞ、映画
――確かにこのように作品が残っているのですから、彼は生きている。生き続けているといえそうですね。
そうですね。意識はしていませんでしたが、本作の最後のシーンの台詞を、ふと変えたくなって、それは後で考えてみると彼を意識していたからだったかも知れないなんて思ったりして、驚いたりしましたね。
――なるほど。最後のシーンの言葉のやり取りに、大きな意味がありますね。そういうお話をうかがうと、この映画を作りながら、カンピヨ監督がカンテ監督に「さようなら」と言っているようにも感じられて来ました。良いお話しを聞かせていただき、ありがとうございます。
カンテが病で最期を迎えた時には、「またね」「さようなら」「大好きだよ」というような声をかけて、別れを告げることが出来たのです。その時に本作の制作に関することも沢山話すことが出来ました。彼はいつも控えめで、エレガントであり、相手と向き合うことが出来る、とても素敵な人だったということを改めて感じました。
フランスの家庭や家族を描き出してもいる
――そうでしたか。
ですから本作は、意識的には私たち二人の関係性をも描いているとも思います。映画というのは、そういう風に神秘的でミステリアスなものであって良いと思いますから。意識していなくてもそういう感情が映画の中に入り込み、映画を通して人に感じさせるものなのではないかと。
――そのとおりですね。今のお話し感激しました。涙が出そうです。
主人公のエンゾは私で、エンゾが憧れるブラドはカンテだということになるでしょうね。

エンゾとブラドは、カンピヨ監督とカンテ監督を映し出してもいる ©Les Films de Pierre
――私はまさに、そう思って観ておりました。そうなりますと、主人公のエンゾのひと夏の経験は、青春時代のカンテ監督さの体験でしょうか。それとも、カンピヨ監督の?
そうですね。確かに二人のそれぞれの体験を活かしたようなところもあります。また、この映画に登場する父親が、カンテによく似ていると、プロデューサーは言っていましたね。
そして、カンテの息子さんはこの映画を観て、映画に描かれる父親が、自分の父親に良く似ていると言っていました。この映画での父親は良い父でありたいと思うあまりに、息子と言い合ったりするのですが、実際にカンテと息子さんもそうであったと。
――そうでしたか。子供が成長することに父親がついていけなくて、対立することはよくあることですね。その一方で、女優のエロディ・ブシェーズさん演じる母親は、エンゾに寄り添い、理解をしようとしながら、また自分の自由な考えや行動をとる若々しくて美しい一人の女性として描かれます。これは、カンテ監督と監督お二人の理想的な母親像なのでしょうか。
理想的な母親かというと、そう言えないことはないのですが、しかし、その明るさは一方で、息子や父親の行き詰まりそうな気持などを観て見ぬふりをしている姿でもあるのです。お酒も飲み過ぎではというくらい飲みますし。

エンゾの母親を演じるエロディ―・ブシェーズ ©Les Films de Pierre
――そうなんですね。
エンジニアである彼女の方が、大学の数学の教授である夫より収入が多い。父親は家では料理や洗濯もしています。エンゾのことが気が気でならないという母性のような面が強いのです。母親は家のことだけではなく外に眼が向いていて、暗くなりそうな夫と息子に光を注ぐという存在でもあります。
――理想的とは言えなくても、存在感が強いですね。
そうですね。家の中の居場所が定まらなくなっている父親に比べて、エンゾが父親に反抗的で衝撃的な発言をしたりすると、それは挑発するための嘘であることを見抜いて息子と接することが出来る。そういう母親ですよね。
若い世代の不安や葛藤は曖昧で複雑
――なるほど。フランスの裕福な家庭を映し出しているところも、興味深いです。そこで何不自由なく育っているエンゾが、フランスに出稼ぎに来ているウクライナ人のブラドに憧れを抱くのですが、彼には戦場へと向かう運命が待っていますね。本作は、ウクライナ紛争についても考えさせる作品でもあると感じましたが。
そうですね。ウクライナはヨーロッパの一部とも言える国であり、そこで起きていることについて他人事ではいられないという想いは強いのです。そして、そんな想いは、大人より純粋な思春期の若者たちを悩ませています。
理不尽な紛争に巻き込まれている当事者であるブラドへの、複雑で曖昧な感情が渦巻いてごっちゃになっていく。エンゾのモヤモヤは複雑です。自分も闘わなくてはいけないのではないか、でもそれも出来ないというような、答のない曖昧な気持ちを抱え、葛藤にさいなまれ、どうしようもない気持ちで一杯なんです。

不穏な時代に、複雑で曖昧な不安を募らせる、エンゾ ©Les Films de Pierre
――そのエンゾの気持ちや、ブラドとの関係を描くことが、ウクライナ戦争への応援のメッセージになっていると受けとめましたが。
それはありますね。ウクライナだけではない、イスラエルとガザの紛争などに、心を痛めている若者たちが実際沢山いて、彼らは平和のための国際法が揺るがいでいるという不穏の時代に生きることに、不安を募らせているのです。
――エンゾのひと夏の体験から、その想いが強く感じられました。
ありがとうございます。
(インタビューを終えて)
エンゾという裕福な家庭に育つ、一人の若者のモヤモヤを織りなしながら、そこにはカンピヨ監督自身の映画づくりのパートナーでもあった、ローラン・カンテ監督との絆や、共に育んだ映画への愛も埋め込まれている本作。
カンピヨ監督にとっての忘れることのない作品を完成させたこと。その熱い想いを、余すところなくうかがえて光栄であった。
インタビューの途中で、涙を抑えられなくなった筆者だったが、監督の優しいまなざしも潤んでいたことを忘れることは出来ない。
カンピヨ監督のピュアで美しい映像が、今の時代の不穏な現実を優しくなぞってくれているように感じとれたインタビューであった。
映画『君の見る世界をなぞる』本予告 / 8月21日公開
youtu.be『君の見る世界をなぞる』
8月21日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開
原案・脚本/ローラン・カンテ(『パリ20区、僕たちのクラス』)
監督・脚本・編集/ロバン・カンピヨ(『BPM ビート・パー・ミニット』)
出演/エロワ・ポユ、ピエルフランチェスコ・ファヴィーノ、エロディ・ブシェーズ、マクシム・スリヴィンスキー ほか
2025年/フランス、ベルギー、イタリア/フランス語、ウクライナ語/カラー/ヨーロピアンビスタ/5.1ch/102分/PG12
原題/ENZO
字幕翻訳/リネハン智子
配給/樂舎
©Les Films de Pierre / Lucky Red / Page 114 / Les Films du Fleuve / France 3 Cinéma / AMI, Alexandre Mattiussi
公式アカウント/https://enzo-movie.jp/
公式X/@enzo_movie_jp https://x.com/enzo_movie_jp?s=20


