若くして「ステージIVの大腸がん」を宣告され、亡くなる10日前まで自身の人生を綴り続けた遠藤和さんの同名手記を映画化した『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』。病気と向き合いながら、愛する人とともに生きること、未来に命をつなぐことを懸命に選び取っていく和を川口春奈が演じ、夫の将一を高杉真宙が演じる。監督を務めたのは山戸結希。実在する二人の人生を前に、事実を再現するだけではなく、その根底にある「愛」や「精神性」をどう映画として刻んだのか──。長回しなどの演出を通して、一人の女性が生き抜いた証をスクリーンに刻んだ山戸監督に、本作に込めた思いと撮影の舞台裏を聞いた。(取材・文/ほりきみき)

川口春奈と高杉真宙が体現した「和」と「将一」

──遠藤和さんを川口春奈さんが演じています。

和さんが生き抜いた証と軌跡をこの世界にしっかりと刻み、この物語を多くの方と分かち合うために、作品を背負って羽ばたける「翼」を持った俳優さんでなければならないと、そう考えた時、川口さんの姿が自然に思い浮かび、そのまま一度も揺らぐことなく、満場一致で川口さんにノックさせていただきました。

川口さんは、「和さんの人生を、自分の体を使って残したい」とおっしゃってくださいました。和さんの人生を作品として世に残すことを、何よりも大切に捉えるということは、向き合う上で限界のない、言葉で言う以上に難しい挑戦なのだと思います。他者を尊重することを、心から最上位に置ける俳優さんというのは、川口さんの心がどこまでも透明で、美しいからこそできることなのだと感じていました。これ以上ない方に主役を務めていただけたことに、本当に感謝の想いでいっぱいです。

画像1: 川口春奈と高杉真宙が体現した「和」と「将一」

──川口さんは役作りに際し、自らいくつも提案されたそうですね。川口さんが和さんの肉体や精神に近づいていく過程をそばでご覧になっていて、いかがでしたか。

川口さんは誰よりもストイックでありながら、努力を誇示することなく、どれだけ追い込まれているかということを表に出して周りを圧するようなことも一切なく、ただ、そこに自然にいてくださいました。川口さんにとって、和さんと並走しながら生きるということが、とても自然なこととして全うされていたのだと感じています。

川口さんは、自分の身体そのものに意識を向けるというよりも、和さんとして、その瞬間をどう生きるかということに集中されていました。特にフォーカスしていたのは、和さんの心情、そのとき自覚する体調、相手とのお芝居といったことだったように思われています。

演出する側としても、川口さんの変化を外側だけ切り離しては見ていませんでした。意識的なものではなく、それはもしかしたら家族や愛する人と過ごす時と同じで、例えその姿が変わっていってたとしても、それでもなお変わらない大切なものの方に視線が向けられるように、人間ができているのかもしれません。

それもすべて、川口さんが、外見のみならず、和さんという一人の人間の精神性を見つめ、体現しようと、心でもがいてくださったからです。川口さんの心身に、「和として生きていく」ことに対する使命感が、満ちていました。

画像2: 川口春奈と高杉真宙が体現した「和」と「将一」

──将一を演じた高杉真宙さんはいかがでしたか。

高杉さんは、カメラが自分ではなく川口さんに向いている瞬間であっても、決して姿勢を崩さず、「将一」としてそこに立たれていました。目の前の相手のためにこそ、力を尽くしてお芝居をされる方でした。その姿勢は、常に和さんを見つめ、支え続けた将一さんという関係性のあり方そのものでもありますし、高杉さんご自身も、きっとどこまでも誠実な方だからこそ、役とご本人の姿が重なり合うような、そんな二重写しの姿勢で、その信念を貫いてくださったのだと感じてやみません。

「同じ時間を一緒に体験してほしい」長回しに込めた覚悟

──病院のロビーで和が将一にがんを打ち明けるシーンは、ワンカットの長回しで撮影されています。人生を大きく揺るがす出来事が起こる場面を、あえて長回しで撮ることで、どのような体験を観客に届けたいと考えたのでしょうか。

予期せぬ出来事や想定外の知らせというのは、誰しもの人生にとり、ある日、突然、思いがけず訪れるものであると、生きていて、壁一枚向こう側に感じることがあります。そのような局面を映画に映し取る際に、ビフォーアフターのように「衝撃的な告白があり、それに対してこういう顔で反応する」といった断面をカットで示し、「点」として提示することよりも、持続的なひと続きの「線」として表現することの方が、我々の人生との地続きを信じられる劇場体験になるのではないかと考えました。シーンの体験を通して、ある種の当事者的な没入を、長回しというのはうまくいけば観客が手に出来るのではないかと──そうあっていただけるようにと願いを込めて、この撮影方法を選択しています。観る人が、登場人物たちと同じ時間をリアルタイムで一緒に体験し、臨場感の中で没入する感覚を抱いていただけるように、その時間の終わりに、個人的なものに触れられるようにと、考えていました。

──このワンカットシーンで、1テイク目の撮影が終わった後、川口さんから「もう一度やり直したい」と提案があったそうですね。

俳優部と技術部への負荷を考え、一回勝負で撮るべきだと想定していました。そして実際に撮れた1テイク目は、二人の人生を受け止めるような穏やかさがあり、個的な悲しみにカメラはどこまで踏み込み得るのかという点においても、ある倫理が保たれた誠実なテイクでした。それをベストテイクとして、当シーンをそうした変節点として映画を構成するという道もあると思いました。ですので、そこで終えるべきだとも思われながら、何か、言葉になる前のひっかかりもあり、長回しの長いカットを撮り終え、技術的なチェックをしながらも、悩ましく思われていました。「もっと違う形で二人を捉える手段はないか」と頭のどこかで模索しながら、まだ現前していないテイク2をスタッフさんに求めるには言葉が足りず、既に完成度の高い1テイク目を前に、2テイク目でさらに良いものが撮れる保証も、求めているものが舞い降りてくる約束もありません。すると、川口さんが1対1の場所へと近付いてきてくれて、「もう一回やりましょう」と申し出てくださり、状況は、真っ直ぐに動いてゆきました。

2テイク目は、二人の内側に広がる世界へと向かって、より踏み込み、肉迫するものでした。1テイク目を全力でやり切ったからこそ、「それでも、まだ足りない」という共通の感覚を、キャスト・スタッフの皆さんが掬い上げくださり、一線を越えた先に、共に生み出してくださった、思い出深く、大切なシーンが、完成した映画には刻まれています。

画像1: 「同じ時間を一緒に体験してほしい」長回しに込めた覚悟

──卵子凍結をめぐる議論のシーンも長回しを入れて撮影されています。ここでは時間を掛けてテストを行ったそうですが、あらかじめ芝居を固めることと、現場で生まれる生々しさに委ねることのバランスはどのように取られたのでしょうか。

議論によって心がすれ違ってゆく時間を描くシーンでもあり、緻密に演じる技術が求められる難所でした。だからこそ、お二人の素晴らしい持続力や集中力をこそ最優先に、撮影させていただいていました。

こちら目線の振り付けを動線の縛りとせずに、二人が演じながら、二人だけの気持ちから生まれる動きを探っていくこと、その時間を大切にさせていただきました。

そして本番では、お二人が卓越した心理戦を見事に演じ切ってくださいました。劇中の夫婦が抱える切実な緊迫感と、俳優として難度の高い芝居を長回しの中で正確に成立させる緊張感。その二つが見事に重なり合って、あの時の二人の間にあるハレーション、その内面的な大きさを伝えられるシーンになったことを感じています。

画像2: 「同じ時間を一緒に体験してほしい」長回しに込めた覚悟

──将一が卵子凍結を承諾する雨のシーンも印象に残りました。人工的に降らせたものではなく、実際に降ってきた本物の雨の中で撮影されたそうですね。

貴重な日数である青森ロケの当日、突発的な豪雨に見舞われました。俳優部の負担を考え、監督として、そのままアーケードの下で撮影する動線を考え、進めるべきだと思われていました。しかし川口さんが「ここで立ち止まっているなんて、和だったらあり得ない。雨でも外に出ます」と言ってくださり、高杉さんも「そうしましょう」と即座に応えてくださって……あの時の気持ちは、言葉にすることができません。

技術としての雨降らしではなく、本物の土砂降りとなると、身体も衣装も大きく濡れてしまうため、何度もテイクを重ねることは許されません。ほぼ一回勝負の緊張感の中、わずかなチャンスを、技術部の皆さんが、見事に捉えてくださいました。川口さんと高杉さんが「和と将一として、この雨を受け入れよう」と、決断してくれたからこそ、その想いを全部署が確かな仕事として刻み付けてくださったからこそ、映画として結晶のように、あのシーンが生まれ、残されています。

──監督から見た川口さんの「ベストショット」を挙げるとしたら、どのシーンでしょうか。

本当に、申し訳ありません、選ぶことが、どうしてもできず、すべてのショットが克明にあり、撮影中のどの瞬間も、彼女を、最高の存在だと心の底から思っていました。一つ一つに、理由があって、1テイク1テイクに、全身全霊の人でした。撮影時の川口さんは、感情を乗せる高度な技術はもちろん、その瞳の輝きや潤みに至るまで、役に人生を注ぎ込む、凄まじい胆力を見せてくれました。これは公開前のインタビューとなると思うのですが、映画を実際に見ていただいた際に、本当にそういうふうに生きていた川口さんを、和さんを、感じていただけるのではないかと……あのエネルギーの根源がどこから来ているのか、人を信じる力、それは和さんを信じる力でもあり、目の前の将一さんを信じる力でもあり、自分自身を信じる力でもあり、演出に対しても、ずっと信じてくださっていました。そこに、第一線で闘ってきた彼女のプロフェッショナリズムが、溢れていました。

──では、高杉さんの表情で「ここはぜひ見てほしい」というシーンを挙げるとしたら、どこでしょうか。

高杉さんが演じる将一が和を見つめる眼には、いつも愛がにじんでいて、素晴らしいなと思いながら撮っていました。映画が終盤に向かうにつれて、将一が和を見つめる眼差しは、一筋縄ではいかないものになってゆきます。自分が生き続けることの苦しみや、和と離れてゆかなければならないことの逃れがたさを抱えながら、それでもこの今には、一瞬一瞬を惜しむように和を愛おしみ、見つめている。その想いに、彼の中で大きく心を割いてくださっていたのだと思います。そうして高杉さんが演じ、生き続けていたことを、現場でも、そして編集しながらも、ずっと感じていました。

ですので、本当に申し訳ありません、やはり一つに選べないのですが、本当に、和にとっての将一も、将一にとっての和も、もう「この人の存在そのものが大切」というところまでいってしまっていて……だから、どのカットを見ても素晴らしいと思ってしまう。自分自身、和に対しても将一に対しても、もう存在そのものが愛おしいという感覚があって、どの表情も代替不可能に感じてしまっています。こんなお答えで、ごめんなさい。

画像3: 「同じ時間を一緒に体験してほしい」長回しに込めた覚悟

──最後に、これから作品をご覧になる方へメッセージをお願いいたします。

映画館を出た先に、外の空気に触れた瞬間に、「ほかでもない自分自身がこの人生の主役なんだ」と感じていただけることを、映画館の外の現実を生き抜いてゆくための力や翼をこの作品から受け取っていただけたならと、心から願っています。

そして、ピンクリボン月間に公開される作品でもあり、「自分もがん検診を受けよう」と考えたり、大切な人に「検診を受けてね」と話すきっかけにしていただけたらと思います。もしも心に残り、受診するきっかけとしていただけたなら、それ以上のことはないと考えています。

そんなふうに、力強く生きていこうと感じていただけたり、「いつか子どもを産むのかな」と想像していただいたり、お互いの命について大切な人と話し合ったり、どんな形でも、この映画を、お一人お一人のかけがえのない人生に活かしていただけたら、やはり、それ以上のことは、ありません。

映画そのものが、観客の方の命や、人生に関与できるかもしれない作品は、作り手にとっても、受け手にとっても、人生の中で何度もあることではないことを思うと、そのような作品に携わらせていただけたことを、監督として、本当に光栄に思っています。映画館に足を運んでくださった後に流れる時間、その方の人生という映画において、その主人公の決断において、本作がポジティブな影響をもたらすものであることを──それこそが最も難しく、だからこそかけがえのないものだと思いながら、そんな奇跡が、この秋に本当に起こることを、信じ、待ちたいと思います。

画像4: 「同じ時間を一緒に体験してほしい」長回しに込めた覚悟

<PROFILE> 
山戸結希 
映画監督。2012年、上智大学哲学科在学中に独学で監督した映画『あの娘が海辺で踊ってる』でデビュー。2014年、映画『おとぎ話みたい』にて、日本映画プロフェッショナル大賞新人賞を受賞。2016年、映画『溺れるナイフ』が60万人以上を動員し、20代女性の監督作品において前例のない興行記録となる。 
2018年、初の企画・プロデュースを務めた映画『21世紀の女の子』──“ジェンダーあるいはセクシャリティがゆらいだ瞬間”をテーマとしたオムニバスが、東京国際映画祭にて特別上映。翌年、監督を務めた『ホットギミック ガールミーツボーイ』と共に称賛され、TAMA映画賞最優秀新進監督賞を受賞。2021年、初のテレビドラマ『生きるとか死ぬとか父親とか』のシリーズ構成と監督を務める。 
CX『セブンルール』にて、「新世代の映画監督 若手俳優が出演熱望する青春映画の名手」として特集される。2024年、NHKゴールデンタイムのドラマ『燕は戻ってこない』の演出を担当。これまでMrs. GREEN APPLE、RADWIMPS、backnumber、乃木坂46らのMusic Video映像監督を務め、ジャンルを超えたみずみずしい映像表現に定評がある。

『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』10月2日(金)公開

画像: 『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』予告【10月2日(金)公開】 www.youtube.com

『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』予告【10月2日(金)公開】

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<STORY> 
青森で暮らす遠藤和(川口春奈)と将一(高杉真宙)。時にぶつかり、時に笑い合う日常の中で、和の心には「一分一秒、一緒にいたい」「この人と生きていきたい」という愛おしい未来への願いがふくらんでいた。 
そんな矢先、和を襲ったステージⅣのがん。残された時間は限られていた。それでも将一は「一生大切にする」と彼女の手を強く握り続ける。愛する人と過ごす日々が増えるほど、二人で叶えたい未来があった。結婚したい。家族になりたい。そして、私たちの子どもに会いたい――。 
治療を止めるという命がけの選択の先に、出会えた新しい命。余命は数週間。それでも和は「今が一番、幸せ」だった。

<STAFF&CAST> 
原作:遠藤和「ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記」(小学館刊) 
監督:山戸結希 
出演:川口春奈 高杉真宙 
配給:東映 
©遠藤和/小学館 ©2026「ママがもうこの世界にいなくても」製作委員会

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