地図上ではわずか3ミリの距離にある日本と韓国。しかし、その間には歴史や文化、社会の違いが横たわっている。映画『3ミリの恋』は、佐賀県唐津市と韓国・釜山を舞台に、日本人高校生のタツヒコと韓国人留学生ユンスルが出会い、互いを知ろうとする姿を描く。初めての長編商業映画に挑んだ全辰隆監督は、若い世代が歴史に目を向け、相手の立場から物事を考えることの大切さを、初々しい恋の物語に託した。日韓合作の撮影現場での試行錯誤や、黒川想矢、キム・ジアンの演技から生まれた青春の輝きについて、監督に聞いた。(取材・文/ほりきみき)

言葉の壁を越えて築いた、キャストの絆

──言葉や文化の壁がある中、日韓のキャスト陣が現場でどのように距離を縮め、互いをサポートし合って信頼関係を築いていったのでしょうか。

キャスト同士が互いを思いやる関係性は、撮影中も現場の外でも、本当に自然とできあがっていました。

日本での撮影期間中は、初めての日本で不安もあったであろうジアンさんを黒川くん、早瀬さん、荒木くんが温かくエスコートしてくれました。撮影のない日には、4人そろってショッピングモールに出かけたり、プリクラを撮ったりして、仲を深めてくれたんです。

特に早瀬さんは、撮影現場に入る前から、台本に韓国語の挨拶などをたくさんメモをするなど、準備をしてきてくれていました。クランクイン前日に初めて顔を合わせたときも、まるで劇中のジュリのように、同性ならではの細やかな気遣いでジアンさんに優しく寄り添っていましたね。

一方、黒川くんはジアンさんから韓国語の数字の数え方を教えてもらい、それをきっかけに生まれた「3ミリポーズ」を映画の宣伝でも採用させてもらいました。3人がそれぞれの形で、ジアンさんが日本に馴染めるよう気を配ってくれていたのが印象的でした。

そして、舞台が韓国に移ると、今度はジアンさんが黒川くんをリードしてくれました。韓国のロケ地では、彼女が自ら「案内するよ」という感じで黒川くんを連れ出し、一緒にユッケなどの韓国グルメを食べに行ってくれたと聞いています。

映画の中と同じように、日本に来たジアンさんを黒川くんたちがエスコートし、韓国へ行くと、今度はジアンさんが黒川くんを案内して引っ張っていく。そうして、お互いを自然に気遣い、支え合える温かな関係性ができていたことは、映画の空気感にも間違いなく良い影響を与えてくれたと感じています。

画像: 言葉の壁を越えて築いた、キャストの絆

競争社会の先に、自分の進む道を見つける

──タツヒコの父、ユンスルの母、かっちゃんの母の言動から、親の在り方についても、深く考えさせられる作品でした。監督は、東北有数の進学実績を誇る秋田高校を卒業後、ソウル大学を経て韓国芸術総合学校(K'ARTS)で映画演出を専攻されました。そうしたご自身の経験が反映されているのでしょうか。

実家からのプレッシャーは特になく、映画の道に進むときも、事前に相談して始めたわけではありません。自分で勝手に始めて、結果的に家族が応援してくれたという形でした。

ただ、進学校に通い、大学へ進んだ経験を通して強く感じたのは、上に行けば行くほど競争がどんどん激しくなっていくということです。ソウル大学は運よく入学できたのですが、「ソウル大学に入れば、みんなバラ色の人生を送れるのかな」と思っていたのに、その先にも終わりのない競争が続いていく。いったい、この人たちはいつまで競争を続けるのだろうと感じました。そうした競争社会の息苦しさは、今の韓国社会にも如実に表れていると思います。

だからこそ、ひたすら競争する人生を送るよりも、「自分が本当にやりたいことは何か」「周りの目を気にせず、自分のやりたいことを見つけること」のほうが、よほど大切なのではないかと思っています。もちろん、映画を作っている自分の立場もありますが、観客の皆さんにも、そうしたことにもっと目を向けてほしいという思いがありました。

本作に「絵を描く」という要素を取り入れたのも、絵を描く行為は、写真を撮ることよりも深く思い出に残ると思ったからです。それが、歴史や記憶というテーマにもつながっています。同時に、若い人たちにはもっと自分のやりたいことを見つけてほしいという思いもありました。そうした考えには、自分自身の経歴やバックグラウンドも影響している気がします。

実は、高校生の頃の僕は、すごく現実的だったんです。周りのみんなも堅実で、いい大学を出て就職したり、公務員や銀行員になったりする人が多く、とても落ち着いた環境でした。みんなにとっても、それが一番失敗のない賢い生き方だったんです。

そんな中、あるとき担任の先生に呼び出されました。僕が進路調査票に、志望先として韓国の大学ばかり書いていたからです。先生はふざけて書いたと思ったのでしょうね。「真面目に書きなさい」と言われたので、「真面目に書いています。韓国に行きたいんです」と答えました。すると、「韓国語を勉強したいなら、別に日本でもできるだろう」と言われたんです。それを聞いて、「確かにそうだな」と思いました。

さらに「じゃあ、お前は何がしたいんだ?」と聞かれたとき、ちょうど韓国映画をたくさん観ていて、「映画って面白そうだな、映画を撮りたいな」という気持ちが少しずつ芽生えていたんです。まだ自分の夢がはっきりとは分かっていませんでしたが、支離滅裂なことを言っていると自分でも分かりながら、思わず口をついて出たのが「映画監督になりたいです」という言葉でした。

驚いたことに、担任の先生はそれを否定せず、ソフィア・ローレン主演の『ひまわり』(1970)を「俺の好きな映画はこれだ」と勧めてくれたんです。人生で初めて「映画監督になりたい」という夢を口にしたとき、それを否定されなかったことが、今まで映画を続けてこられた一番の理由だと思っています。あとから同窓会で先生にそのエピソードを話したら、まったく覚えていらっしゃらなかったんですけどね(笑)。

でも、僕としては、若い人たちには本当に自分のやりたいことを見つけてほしいんです。進学校に行ったからといって、やりたいことが自然に見つかるわけではありません。むしろ、自分の能力の範囲内で無難な道を選んでしまいがちです。もちろん、進学校に限った話ではありませんが、そうではなく、自分が本当に頑張れるものを見つけるために、10代や20代前半の時間を使ってほしい。そのほうが、その先の人生も、より楽しく充実したものになるのではないかと思っています。

本作の主人公であるタツヒコも、最初は漁師の家に生まれたからというだけで、なんとなくそのまま漁師になるのだろうと思いながら生きていた青年です。でも、彼はもともと海や魚が好きなのに、それを深く学ぶ方法があることを知りませんでした。そんな彼が、韓国で出会うチャンホという助言者を通して、自分の好きなことを突き詰めるための学問や道があると知り、学び始めていく。そういう設定にしています。

僕自身も、「映画監督になりたい」と思った当時は、具体的にどうすればいいのか分かりませんでした。でも、「映画学校」という道を見つけ、そこへ進むことができたんです。だからこそ、若い人たちには、自分が本当にやりたいことを見つけ、それを実現するための道を探していってほしいという気持ちが強くありますね。

画像: 競争社会の先に、自分の進む道を見つける

初の長編映画で直面した課題と、新たな手応え

──本作が完成した今、最初に感じたチャレンジをやり切った感はありますか。

どうでしょうか……。初めての長編映画でしたから、やはり短編とはまったく違いましたね。

例えば、脚本ひとつ取っても、短編はひとつのテーマにぐっと集中して撮ればいいのですが、長編はより多くの要素を盛り込まなければなりません。物語を膨らませる難しさは、単に短編の2倍、3倍というレベルではなく、2乗、3乗、4乗になるくらい大変なのだと痛感しました。

それに、今回は初めての商業映画ということもあり、現場のスタッフの数も、これまで自主制作で映画を作ってきたときの2倍、3倍以上でした。そうした現場を経験してみると、自分自身の経験不足から、「もっとこうしておけばよかった」という反省点が、撮影を終えたあとに次々と頭に浮かんできたんです。そういう意味では、まだやり切れたとは言い切れない部分がありますね。

ただ、これもすごく前向きに捉えています。もし今回、完璧にやり切って「大傑作だ、すべて出し切った」と思っていたら、きっと燃え尽きていたでしょう。でも、実際はそうではなく、むしろ「もっとやれる」と自分の中に火がついた感覚があります。今回、チャレンジしてうまくいかなかった部分は、次回こそ絶対に成功させようというモチベーションになっています。

具体的に言うと、今回の日韓合作で反省したのは、「言葉の壁」への対応でした。僕自身が通訳を兼ねる場面もあったのですが、これまでの小規模な現場では、それで何とかなっていたんです。その感覚のまま今回の大きな現場に入ったのですが、大人数の現場で通訳まで自分で担うのは、僕のキャパシティを超えていましたし、ある意味、エゴだったのかもしれないと気づきました。

本来なら、プロの通訳の方にもっと任せて、自分は監督として演出に100%集中するべきでした。僕が気を遣って「自分でやったほうが早いから」と動いてしまったことで、客観的に見ると、かえってキャストやスタッフに気を遣わせたり、現場の効率を下げたりしていたのかもしれません。監督が演出に専念することで周りも動きやすくなり、作品もより前に進む。そのことを、今回の日韓合作の現場を通して深く学びました。

画像1: 初の長編映画で直面した課題と、新たな手応え

──最後に本作を鑑賞する際、特に注目してほしいポイントを教えてください。

一番は、やはり黒川くんとジアンさんの演技ですね。先ほど、僕自身の演出について反省点をいろいろとお話ししましたが、それでも本当に、2人の素晴らしい演技に救われました。

劇中の登場人物たちと同じ年齢だからこそ生まれる、眩しいほどの夏の瞬間をカメラに収めることができた。それだけでも、監督として本当に幸せなことだと思っています。ですから、何よりもまず、2人が見せる輝かしい青春の瞬間を、ぜひ劇場で観ていただきたいですね。

画像2: 初の長編映画で直面した課題と、新たな手応え

<PROFILE> 
監督・脚本:全辰隆(チョン・ジニュン) 
1989年12月21日生まれ、秋田県出身、在日韓国人3世。  
秋田高校を卒業後、韓国語と韓国の文化を学ぶため渡韓。その後ソウル大学に進学し、在学中に映画サークルにて映画制作を始める。 本格的に映画制作を学ぶため、韓国芸術総合学校(K’ARTS)へ進学し映画演出を専攻する。  
2022 年に制作した短編映画「ミヌとりえ」が高い評価を得て、本作で商業デビューを飾る。  
短編映画「ミヌとりえ」 東映 YouTube チャンネルにて期間限定配信中!  
URL:https://youtu.be/D6Jwnm4XmiY

画像: 【インタビュー】黒川想矢とキム・ジアンが映し出す、眩しい夏の青春『3ミリの恋』全辰隆監督

『3ミリの恋』2026年11月6日(金)全国公開

画像: 『3ミリの恋』本予告【11月6日(金)公開】 www.youtube.com

『3ミリの恋』本予告【11月6日(金)公開】

www.youtube.com

<STORY> 
佐賀県唐津市で、釣りに明け暮れながら高校生活を送るタツヒコ(黒川想矢)。夏休み目前のある日、タツヒコのクラスに釜山からの留学生ユンスル(キム・ジアン)がやってくる。ユンスルはなぜ、留学先に唐津を選んだのか―?そこには、日本と韓国を結ぶある一枚の写真が関係していた。  
少しずつ仲良くなっていく二人だったが、タツヒコの何気ない言葉がユンスルを傷つけ、翌日ユンスルは突然、韓国に帰ってしまう。  
そんな中、歴史の教科書に日本と韓国の地図を見つけたタツヒコは、唐津と釜山の距離を定規で測ってみる。それは、たったの“3ミリ”だった。そして、タツヒコはある決断をすることに―。

<STAFF&CAST> 
監督・脚本:全辰隆(チョン・ジニュン) 
出演:黒川想矢、キム・ジアン、荒木飛羽、早瀬憩、ソウジ・アライ、パク・ジファン、チャン・へジン、チェ・ドクムン、MEGUMI、一ノ瀬ワタル、大谷亮平 
2026年/104分/カラー/シネスコ/5.1ch
配給:東映、東映ビデオ 
©2026「3ミリの恋」製作委員会

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