地図上ではわずか3ミリの距離にある日本と韓国。しかし、その間には歴史や文化、社会の違いが横たわっている。映画『3ミリの恋』は、佐賀県唐津市と韓国・釜山を舞台に、日本人高校生のタツヒコと韓国人留学生ユンスルが出会い、互いを知ろうとする姿を描く。初めての長編商業映画に挑んだ全辰隆監督は、若い世代が歴史に目を向け、相手の立場から物事を考えることの大切さを、初々しい恋の物語に託した。日韓合作の撮影現場での試行錯誤や、黒川想矢、キム・ジアンの演技から生まれた青春の輝きについて、監督に聞いた。(取材・文/ほりきみき)

唐津と釜山を結ぶ、歴史を越えた出会い

──監督は前作の短編『ミヌとりえ』でも日韓の歴史的背景や人々の繋がりを描かれていましたが、本作で唐津と釜山という舞台を選び、日韓合作の長編映画として制作された経緯や挑戦について教えてください。

根本的に伝えたいメッセージ自体は、『ミヌとりえ』の頃から大きく変わっていません。ただ、長編映画を撮るにあたって大きな挑戦の一つとなったのが、脚本を書き始めた段階から「絶対に唐津と釜山を舞台にして撮りたい」と決めていたことです。

釜山は、僕の母方の祖母が住んでいた街であり、初めて訪れた韓国の街でもあります。秋田生まれの僕にとって、初めて目にした釜山の街の規模の大きさには強い衝撃を受けました。一方、唐津を初めて訪れたのは、3年前に映画祭に参加したことがきっかけです。僕にとって初めての九州でしたが、故郷の秋田とはまったく異なる、韓国との圧倒的な距離の近さに驚かされました。唐津と釜山は、ある意味で互いに国境の街だと感じ、この2つの街を舞台に映画を撮ろうと決めたんです。

『ミヌとりえ』では、日本人役を韓国人キャストが演じ、韓国国内だけで撮影を完結させました。それに対して本作では、物語の舞台が日本と韓国にほぼ半分ずつ分かれているうえ、スタッフも日韓混成のチームで臨みました。国境を越えたロケーションでの撮影や、両国のスタッフによるチームづくりも含め、非常に挑戦的な映画制作になりました。

──観客に歴史的背景を伝えつつも、若者たちの等身大の恋愛物語として楽しんでもらうために、脚本段階でのバランス調整で意識されたことは何ですか。

自主制作で短編を撮っていた頃は、自分が撮りたいものを追求し、映画祭での上映を目標にしていました。そのため、必然的に映画ファンが中心の観客になるだろうという前提がありました。ですが、今回は商業長編映画です。年に1〜2本ほどしか映画を観ないような方も含め、より幅広い観客に作品を届けられる可能性があります。

『ミヌとりえ』のときも、歴史の話だけでは観客に届かないと考え、誰もが共感できる恋心や友情の要素を取り入れていました。今回も「高校生の初恋」という普遍的な入口をフックに、まずは主人公たちの気持ちに寄り添ってもらう。そうしてキャラクターに共感してもらえれば、劇中で描かれる歴史的背景にも感情移入し、興味を持ってもらえるのではないかと考えました。こうしたバランスの取り方は、商業長編だからこそ、より強く意識した部分だと思います。

また、これまでは一人で脚本を書き、周囲に少し見せる程度でしたが、今回はプロデューサー陣と定期的にシナリオ会議(本打ち)を重ねながら書き進めました。何度も推敲を重ねるうちに、「本当にこれで正しいのだろうか」と分からなくなりそうになることもありましたが、第三者の意見に素直に耳を傾け、不要なものを削ぎ落としてシンプルに整理していきました。そうした作業を通じて、今回の作品にとってベストなバランスに落とし込むことができたのだと感じています。

画像: 唐津と釜山を結ぶ、歴史を越えた出会い

黒川想矢が引き出した、タツヒコの純粋さ

──タツヒコを黒川想矢さんが演じています。黒川さんが演じることで、監督が書いた脚本以上にタツヒコ像が深まり、より一層ピュアな存在になっていった――そういった相乗効果や、演出していて感じた手応えなどはありましたか。

実は、脚本を書いている段階では、ずっと不安がありました。撮影当時、僕は35歳か36歳くらいで、いわゆる30代半ばのおじさんが「高校生の恋愛」を本当に表現できるのだろうか、という思いがどこかにあったのです。

でも、まさに等身大の黒川くんが演じてくれたことで、彼が現場で感じることや、自然に湧き出てくるリアクションのほうが、僕が頭で考えて書いたシナリオよりもはるかにリアルなんだと、撮影中ずっと実感していました。だからこそ、自分が書いた脚本の枠にとどまらず、彼自身のピュアさにかなり委ねながら、作品を作っていくことができたと感じています。

──黒川さんは、監督から「演技を少し抑えてみて」と言われたことがあり、相手の仕草や周囲の匂い、風、気温など、言葉以外のものを感じ取ることを意識したと話しています。監督が黒川さんに求めた演技の方向性や、現場でのコミュニケーションについて聞かせてください。

正直なところ、僕自身は、そこまで細かく演技指導をしたという意識はあまりないんです。彼はキャラクターについて説明すると、それをすぐに深く理解してくれる、とても集中力の高い役者だと思っていました。撮影中に質問や相談を受けることもありましたが、そういうときは「あまり難しく考えずに、気楽にやってみて」と伝えるようにしていました。

それ以上に印象に残っているのは、彼の持つ圧倒的なまっすぐさと、タツヒコというキャラクターを理解しようとする集中力の高さです。

特に忘れられないのが、最後にフェリーの上で告白するシーンですね。あの場面は、実際に博多から釜山へ向かうフェリーの中で撮影しました。移動中の数時間を使って少しずつ撮影を進めていたのですが、船が停泊して下船するまでの最後の30分間で、どうしても撮り切らなければならないという、時間に追われたタイトな撮影だったんです。天候の心配もありましたし、ターミナル側と遠隔でやり取りしながらの慌ただしい現場で、正直、スタッフ全員が必死でした。

一通り撮り終えた時点で、僕としては「このテイクで大丈夫。OKだ」と判断し、その場で撤収の準備を始めていました。すると、撤収作業が始まっている最中に、黒川くんが僕のところへやってきて、「もう一回やらせてください。『好きだ』って告白するところ、今ならもっと(感情が)分かる気がします」と言ってくれたんです。

すでに機材を片付け始めていたのですが、撮影監督に相談し、「それなら、もう一度カメラを回そう」と準備をしてもらい、改めて撮影しました。やはり、そちらのテイクのほうが感情の乗り方が本当に素晴らしくて、最終的に本編でもそのテイクを採用しました。

彼は常に、自分が演じるキャラクターの感情を深く理解しようとし、それを自分の中でしっかりと咀嚼したうえで表現することに妥協しない役者なんだと感じました。今回、等身大の高校生であるタツヒコを、同じく等身大の黒川くんに演じてもらうことができて、本当に良かったと心から思っています。

画像: 黒川想矢が引き出した、タツヒコの純粋さ

キム・ジアンが体現する、ユンスルの変化

──ユンスルは、韓国では競争社会に疲れた一面を見せる一方、唐津ではタツヒコに頼る可愛らしさも見せます。そうした人物像を描くうえで、キム・ジアンさんにはどのような演技を求めたのでしょうか。

ユンスルは、釜山という都会で、韓国の激しい競争社会のなか、高校生の頃からすでに少し疲弊してしまっている女の子です。そんな彼女が、日本の唐津というのんびりした町にやってきて、初めて「高校生らしい時間」を知る。そういう人物像を設定していました。

彼女自身は韓国の地方の街で育ったのですが、日本に来るのは初めてだったので、日本に降り立ったときの驚きや新鮮な感覚を、そのままお芝居に表してほしいと思い、あまり作り込まず、感じたままに演じてほしいと伝えていました。

彼女は日本語が話せない状態からのスタートでしたから、日本語での演技を心配していました。しかし、僕としては、日本では日本語が少し拙く、うまく気持ちを伝えられずにタツヒコたちに頼るような可愛らしさが見える一方、物語の後半で韓国に戻った途端、今度は流暢な韓国語でタツヒコをぐいぐい引っ張っていくくらいの方がいい。そうした二面性やギャップを出せれば、キャラクターにより深みが生まれるのではないかと考えていたんです。

ですから、「日本では、日本語が上手に話せなくても全然構わないよ」という感覚で撮影に臨んだのですが、彼女は耳が本当に良くて、驚くほどきれいな日本語を完璧に覚えてきたんです。そこで現場では、「もう少し日本語を崩して、たどたどしくしてほしい」とお願いし、調整していきました。

画像: キム・ジアンが体現する、ユンスルの変化

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