映画化もされて好評を博した、『黄泉がえり』(1999/新潮文庫)。その原作者、梶尾真治の作品の一つ『クロノス・ジョウンターの伝説』(1999/徳間文庫)を実写化し、主演には人気声優である下野紘を迎え、撮影には『止められるか、俺たちを』(2018)の実名の登場人物としても知られる撮影の達人、高間賢治。いくつものハードルを自らに課す。これこそこだわりの映画作り。そのあたりを蜂須賀健太郎監督にうかがってみました。高間賢治撮影監督も加わってのインタビューです。

限られた制作日程の中での可能性に挑む

――なるほど。確かに本作を拝見して驚いたのはまず、下野さん、演技も初めてとは思えない出来ばえでした。演技指導もしっかりされたのでしょうか。

蜂須賀:
「もう、ただただ、脚本をしっかり理解して下さっての、流れるような演技力でした。限られた日程の中で得られた成果は驚くばかりで、彼の俳優としての素質と実力に感服です」

――と言いますと、撮影には、かなりの時間的な制約があったということでしょうか。

高間:
「最初にこの作品の撮影を頼まれてシナリオを読んだ時、これって出来るのかなーと、思いましたからね、日程的に。それほど下野さんのスケジュールは限られていました」

蜂須賀:
「声優さんは、レギュラーの番組など抱えている場合が多く、一方で映画は通常、撮影期間、まるまるスケジュールを押さえるものですが、声優にとってはレギュラーを休むということになります。それが不可能でしたので、その点では、我々が歩み寄って譲らねばならないというのも致し方ないことです(笑)」

――日程的な制約の中での工夫というと、どのようなことをされたのでしょう。

蜂須賀:
「下野さんがいない日にも、代理の俳優を立て、シーンごとにリハ的撮影をしたり、そういった時間はかけていました。そして、週一回しか撮影できない下野さんが入り、本番となった時、いかにスムーズにいったかは、そういう事前の積み重ねあってのことだと思います。もちろん、そこで、やはり彼が上手い芝居をしてくれたからこそ、思うような結果が得られたわけですが」

フィルムでも、デジタルでも、観客を退屈させない撮り方を

画像: フィルムでも、デジタルでも、観客を退屈させない撮り方を

――そういう意味ではデジタル撮影だからこそ、こういうケースでも上手くいくということなんでしょうか?

蜂須賀:
「確かに、そう言って良いかと。僕が処女作を作った時は、絵コンテを書き、カット割りして撮影して制作していました。映画はこうして作らなくてはいけないんだと。でも、今は35ミリフィルムを使わない時代になり、その方法は必要も無くなった。今回のように撮影を限られた条件の中で撮る、これもひとつの映画作りなんですよ」

カット割りではなく、カメラもマルチ(複数台)カメラではないので、ワンシーンごとに一台のカメラを据えて、その前で俳優が演技をしていく。同じシーンを別のアングルからも撮る。俳優は同じ台詞で同じ演技をする。これは二度に限らず、三度、四度と繰り返すこともあり、その場合も数通りの違う撮り方をしていったといいます。

蜂須賀:
「そういう時にこそ、俳優が台詞を忘れたり、間違えたりすることがなかったから、とても上手くいったわけで、だから、下野さん、素晴らしかったんです」

高間:
「そもそも、35ミリの時代、カット割り撮りというのはフィルムの節約という意味もあったんです。フィルムの値段が高かったから。また、一回で良いものが撮れても、事故などのリスクも考えて数回撮っておくなどの理由があってのことでもありました。しかし、未だにカット割りしないとリズムがとれないとか(笑)、本物の映画づくりではないという考え方もあるんですよね。

要はカットを割ることで、観客を退屈させない映画をめざしていたわけでしょうが、移動撮影をしたりして、俳優の動きを見つけだし、カメラが動いて行って、観客がストーリーにのめり込めるようなものを撮れればいいんですよ」

光や映像のトーンを気にかけるのが、撮影監督

画像: 光や映像のトーンを気にかけるのが、撮影監督

――カット割りではない、言うなら何という撮り方ですか、今回みたいな、そういう撮り方は?

高間:
「そうですね、フランス語で、『プランセカンス(フランスの映画理論の一つで、ワンシーン・ワンカットの意)』ですかね。フランソワ・トリュフォー作品で見てとれたりしますね」

蜂須賀:
「日本ではまだ、撮影監督という役割が確立しておらず、撮影と照明がそれぞれに撮影の責任を持たされていた時代、髙間さんはアメリカで学ばれ、撮影監督という仕事が映画作りに重要だということを身をもって示してきた存在です」

――監督としては、それを目の当たりにしたと言うか、実感したのはいつですか?

蜂須賀:
「金子修介監督作品『1999年の夏休み』(1988)を見て、(光や映像のトーンが)なんて美しい映画だろう、日本でこういう映画の撮影監督がいることに感動しました。20代の頃、まだ、僕が映画の監督になる前のことです」

蜂須賀監督の映画制作の取り組みは、8ミリカメラから始まり、映画は俳優の演技やストーリーだけでなく、光や映像のトーンを大事にしていたことから、スピルバーグ監督作品『続・激突!/カージャック』(1974)や『未知との遭遇』(1977)のヴィルモス・スィグモンドという撮影監督に注目していたそうです。彼が生み出すリアリズムとファンタジーを、上手くミックスする技術やセンス。そのような世界を作れる撮影監督が、日本にもいることに驚かされたのだといいます。

一度仕事をしてみなくては、組める監督かどうかわからない

――で、高間撮影監督が撮影した蜂須賀監督作品といえば?

蜂須賀:
『サンタクロースがやってきた』です。

――高間撮影監督としては、そういう初めての監督からのオファーって、断ったりしないんですか?

高間:
「だって、一緒に仕事してみないと、いい監督だかどうだか、わかんないじゃないですか(笑)。だから、やってみる」

――なるほど。素晴らしく前向きな選択ですね。ちなみに、撮影監督の立場から、一度仕事してみて、二度と組みたくないっていう監督はいたんでしょうか?

髙間:
「数人はいましたね(笑)。でも、相手はまた、オファーしてきたりもしますよ(笑)」

――どういう監督が、やりにくい監督ですか?

髙間:
「黒澤明監督なら別ですけど、撮影のこと分かっていないのに、俺の言うとおりにしろって言うような監督ね(笑)」

――監督絶対ということから言ったら、妥協せざるを得ないんでしょうか?

髙間:
「いや、それは違うでしょう。僕を撮影監督としてオファーした以上、僕の意見やセンスを聞かないというのでは、変ですからね。でも、どうしたいのかと、わかるような意見をいただければ、妥協するんじゃなくて、希望に添えるようにしますよ。大体撮影の前に一か月くらいは、シナリオを読んで話し合いますし、シナリオがない場合の段階でも監督の要望を聞いていきます」

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