【解説】魂を揺さぶる熱いメッセージをしっかり受け止めてほしい(文・斉藤博昭)
製作に携わり自身のすべてをさらけ出したエルトンの覚悟
昨年、大ヒットした「ボヘミアン・ラプソディ」のフレディ・マーキュリーもそうだったが、類い稀なる才能で人の心をつかむスーパースターの多くは、波乱の人生を送り、計り知れないプレッシャーと闘っている。だからこそ、ドラマチックな物語として映画化に最適。そんな法則を最高レベルで証明するのが、エルトン・ジョンを主人公にした「ロケットマン」だろう。
「ムーラン・ルージュ」でユアン・マグレガーも熱唱した「ユア・ソング(僕の歌は君の歌)」など、数えきれないほどの世界的大ヒット曲を持つエルトン・ジョン。シングルとアルバムの総売上は3億枚以上(!)と言われ、男性ソロ・アーティストとして世界最高記録。「ライオン・キング」など映画音楽も手がけ、歴史に名を刻むミュージシャンとなった。ソロデビューから今年で50年。今なお第一線で活躍するエルトン本人が製作総指揮に名を連ね、すべてをさらけ出す。そんな覚悟に貫かれた力作が仕上がった。
薬物の過剰摂取でアーティスト人生が危うくなったエルトンが、リハビリ施設で過去を振り返る。母親からは十分な優しさを与えられず、父親は家に寄りつかない状態で、愛に飢えていた7歳の少年、レジナルド・ドワイト。音楽の才能を見出された彼がミュージシャンになることを夢みて、過去を捨て去るようにエルトン・ジョンと改名し、デビューを果たす。そこからの快進撃と、さまざまな苦闘が、時代を行き来しながら、彼のヒット曲とともにつづられていく。
「ボヘミアン・ラプソディ」との共通点もあるが印象はかなり違う
監督は「ボヘミアン・ラプソディ」でブライアン・シンガー監督降板後に完成を託されたデクスター・フレッチャー。クイーンとエルトンの活躍した時代も重なることから、両作は何かと比較されやすい。しかし作品の印象はかなり違う。
まず「ロケットマン」の魅力となっているのが、ミュージカルの形式だ。回想で少年時代に戻る映画の冒頭から、登場人物たちが歌って踊る演出がなされ、観ているこちらは一瞬にして「世界」に没入してしまう。「ボヘミアン・ラプソディ」では歌詞がドラマとシンクロすることは少なかったが、「ロケットマン」はミュージカルになったことで、歌詞がそのシーンを物語っていく。ミュージカルのために作られたわけではないエルトン・ジョンの曲が、ぴたりとハマってしまうのは驚くしかない。たとえば家族が思いを代わる代わる歌う曲など、そのシーンのために作られたかのよう!
ひとつの曲の中で少年時代のエルトンが青年時代に変わる演出など、まさにミュージカル映画ならではの醍醐味も備えている。何より、ゴージャスな衣装やステージパフォーマンスが持ち味のエルトン・ジョンの半生に、華やかなミュージカルはぴったりなのだ。
エルトンとフレディ・マーキュリーの共通点といえば、セクシュアリティとの葛藤。同性のパートナーと正式に結婚したエルトンだけあって、この点にも「ロケットマン」はしっかりフォーカスする。ラブシーンも「本格的」だったりして、エルトンの本気度を実感できるはずだ。成功しても埋まらない両親との溝、どんどん深まる薬物依存の闇など、物語はとことんシビアなのに、ド派手パフォーマンスが挿入され、その鮮やかなコントラストは、まさにエルトンの人生そのもの。
そのすべてを全身全霊で本人になりきって演じるタロン・エガートンに、圧倒されない人はいないだろう。吹き替えなしで挑んだ歌唱力は神がかり的!
生涯の友となった作詞家、バーニー・トーピン役がジェイミー・ベルというのもキーポイントで、彼の主演映画「リトル・ダンサー」に心から感激したエルトン・ジョンは、同作の舞台ミュージカル化で音楽を手がけた。「リトル・ダンサー」のビリー少年がエルトンの盟友を演じていると考えるだけで感慨深い。「ボヘミアン・ラプソディ」にも登場したプロデューサーで、エルトンの恋人となるジョン・リード役のリチャード・マッデンも含め、3人のメインキャストがそれぞれの複雑な関係をきめ細やかに体現する。
愛されたい人に愛されない。それでも手を差し伸べてくれる人がいる。誰にも理解されなくても、自分を信じて生きていく勇気も必要である。「ロケットマン」=エルトンの人生から、魂を揺さぶるパワフルなメッセージの数々を受け止めてほしい。
「ロケットマン」
2019年8月23日(金)公開
監督:デクスター・フレッチャー/出演:タロン・エガートン、ジェイミー・ベル、リチャード・マッデン、ジェマ・ジョーンズ、ブライス・ダラス・ハワード/東和ピクチャーズ配給
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