人魚伝説をパリ・メイドで魅了する
前回 この連載でご紹介した串田壮史監督作品『写真の女』(2020)は、カマキリの雄と雌をモチーフにし、ダンスをする男と女のシルエットをカマキリのカップルの姿で描いたポスター、チラシが印象的でした。
次いで今回の『マーメイド・イン・パリ』のポスター、チラシは人間の男と人魚が抱き合う姿。この映画なんだろうー。パリの人魚って?と興味津々。期待は膨らむばかりでした。
それにしても、人魚がセーヌ川の洪水でパリに打ち寄せられるって……?
その人魚は恋を知らず、無邪気に歌うことで、虜になった人間の男たちを死に至らしめるのだという。主人公の男は、恋を失い、二度と女を愛さないと決めた、心にポッカリ穴が開いたままの抜け殻。
そもそも人魚とは、時代を超えて空想や妄想の中での伝説的生き物。憧れは大きく、クリエイターにとっては一度は扱ってみたい存在でしょう。
拙連載VOL13 (2018年1月31日掲載)でご紹介した、ポーランド映画界の若き女性監督、アグニェシュカ・スモチンスカの『ゆれる人魚』(2015)で描かれたのは、美しきホラーチックでパンクな人魚でした。
そもそも人魚は、遡ればギリシャ時代のホメロスの『オデッセイア』にも登場し、18世紀になると、デンマークのアンデルセン童話での『人魚姫』で、悲劇の純愛として不滅の物語の中で生きています。
かの、ウオルト・ディズニーも取り組みたかったキャラクターであったとのこと、没後から年月を経た1989年に、その思いは叶い、『リトル・マーメイド』の主人公アリエルが、ディズニー・キャラクターの姫として殿堂入りとなるも、あくまでサクセスフルなキャラクターとしての登場でした。
音楽、小説を映画に生かす、マルチな才能
ならば、今回の『マーメイド・イン・パリ』では、マルジウ監督の生み出す人魚はどのように描かれるのか、誰もが胸ときめかすところです。
監督はミュージシャンにして小説家。その小説を原作にしてアニメーション化した『ジャック&クロックハート 鳩時計の心臓を持つ少年』(2013)で、映画監督としてデビュー。マルチな才能の持ち主だからこその、そのこだわりは随所に顕著です。
主人公の男ガスパールは、過去の思い出の品々を捨て去ることが出来ず、それらの多様な品々に囲まれ暮らしていて、50年代を思い起すようなグッズや部屋の装飾に、まず眼を奪われます。
彼が、父の後を継いで経営する店、「フラワーバーガー」のインテリアや色遣いにもワクワクさせられ、監督自身が作曲したオリジナルソングを、ガスパールと人魚のルラが歌い上げるシーンに胸ときめかされます。
まさに全編、大人のためのファンタジー。実写の中にも、モーションアニメーションがコラボされ、そんなマルジウ監督の世界に魅了されることうけあいです。
さらに監督のこだわりは、キャスティングにも。主演のニコラ・デュボシェル、マリリン・リマはもちろんのこと、はまり役ですが、脇を固める俳優陣が、80年代フランス映画界を牽引した“曲者”揃い。ロッシ・デ・パルマ、ロマーヌ・ボーランジェ、久々のお目見えです。
男と人魚の、命がけの恋の行方
彼女たちは、80年代半ばから、フランス映画の配給を手がけてきた筆者の配給作品でも、その個性を見せつけてくれた、フランスを代表する女優です。
『サム・サフィ』(1992)『踊るのよフランチェスカ!』(1997)で、特異な存在感を発揮し、カンヌ映画祭の審査員も務めたのが、ロッシ・デ・パルマ。
また、『フランスの思い出』(1987)『フランスの友だち』(1988)で主演した、リシャール・ボーランジェの愛娘のロマーヌ・ボーランジェの登場にも、格別の喜びを感じるのは筆者だけではないでしょう。
多くのフランス映画ファンにとって、観るべき珠玉の一本が、新たに登場したと言っても過言ではないのです。
一番気になる、今回作品の人魚像はといえば、美しい歌声で人間を惑わし命を奪う、残酷なモンスターたる伝説的キャラクターは踏襲。でも、これほど愛らしい姿の人魚は、あくまで無邪気で、まさに小悪魔的存在。
ガスパールは、ルラの命を救い介護するうち、彼女に惹かれて恋心を募らせ命の危険にも迫られる。あたかもルナが、彼のファム・ファタル(運命の女)であるかのように。そして、恋を知らなかったはずの人魚ルナにもガスパールへの愛が芽生えしまう。
そして、ルラは陸にいる時間が2日間を越えると命がない、しかも、ルナに夫を殺されたと恨みに思う女医の魔の手も迫りくるという、二人の待ったなしの命がけの恋の行方とは……。