主演最新作『プロミシング・ヤング・ウーマン』でセンセーションを巻き起こし、本年度アカデミー賞最有力候補の一人とされている英国女優キャリー・マリガン。これまでのキャリアを辿りながら、世界がいま彼女に注目する理由に迫ります。(文・須永貴子/デジタル編集・スクリーン編集部)

ギャップのある低音ボイスは重要かつ有効な武器

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ツイッターで「キャリー・マリガン」を検索すると「可愛い」「安定の可愛さ」「可愛すぎる」といった賛辞が並ぶ。可愛いにもいろいろあるが、マリガンのそれは、英国伝統の小花プリントが似合う、スウィートで可憐な可愛らしさだろう。

老若男女に安心感を与えるちょっと懐かしみのある風貌から、デビュー作の『プライドと偏見』(2005)以降、彼女は過去を描く作品への出演が多い。そのイメージで彼女を見ている人たちは、『プロミシング・ヤング・ウーマン』(以下、『プロミシング・ヤング・ウーマン』)の彼女の演技に驚くに違いない。キャリアにおいて新境地を開拓した本作の演技により、彼女はアカデミー賞の主演女優賞にノミネートされ、受賞を最有力視されている。

筆者が彼女を知った作品は、マリガンがブレイクした主演作『17歳の肖像』(2009)だった。主人公のジェニーを演じている俳優が24歳と知った時の驚きは、今でも鮮明に覚えている。

画像: 瑞々しさと批評性を持って十代の少女を演じた『17歳の肖像』で初のアカデミー賞主演女優賞候補に

瑞々しさと批評性を持って十代の少女を演じた『17歳の肖像』で初のアカデミー賞主演女優賞候補に

ジェニーは倍以上も歳の離れた男性(ピーター・サースガード)と交際することで、家族と学校以外の世界を知り無双状態になるが、後に己の愚かさを知り、成長する。マリガンはこの人物を瑞々しさと批評性を持って演じ、観客の共感性羞恥を見事に刺激。

周りの子よりも聡明であるがゆえに大人びているこの役で早くも明らかになったのは、彼女の声音の良さだ。17歳の役だからといって高い声でアプローチせず、おそらくマリガンの地声に近い低く響く落ち着いた声で、ジェニーの「自分は人とは違う」という自意識を表現した。

特殊な環境で育った主人公を抑制の効いた芝居で表現した『わたしを離さないで』(2010)以降、ニコラス・ウィンディング・レフン監督の『ドライヴ』(2011)、スティーヴ・マックイーン監督の『SHAME/シェイム』(2011)、バズ・ラーマン監督の『華麗なるギャツビー』(2013)、コーエン兄弟が監督した『インサイド・ルーウィン・デイヴィス 名もなき男の歌』(2013)と、アメリカで撮影された個性的な監督の作品に次々と出演。

『ドライヴ』では夫が服役中の子持ち女性を演じ、わずか2年前に17歳の役を演じていたことの凄さを再認識させた。口数の少ない役なので、隣人のライアン・ゴズリングへのときめきを、かすかに上下する胸元の動きと紅潮する肌で雄弁に語りかける。

画像: ライアン・ゴズリング演じる隣人男性へのときめきをかすかな仕草で雄弁に表現する『ドライヴ』

ライアン・ゴズリング演じる隣人男性へのときめきをかすかな仕草で雄弁に表現する『ドライヴ』

1920年代のアメリカを舞台にした『華麗なるギャツビー』では、レオナルド・ディカプリオが演じるギャツビーに熱烈な愛を注がれる上流階級の令嬢デイジーを、マリガンにしては珍しくとろりとした高い声で演じている。

画像: 『華麗なるギャツビー』ではレオナルド・ディカプリオが演じるギャツビーに熱烈な愛を注がれる令嬢デイジー役

『華麗なるギャツビー』ではレオナルド・ディカプリオが演じるギャツビーに熱烈な愛を注がれる令嬢デイジー役

20代後半のこの時期に出演したこれらの映画は、どれも男性が主人公で、その人物に強い影響を与える女性役。一人としてステレオタイプな〝相手役〞ではないし、役柄のかぶりもない。

見た目は愛くるしいが、主人公のために消費される〝女〞で終わらない人物を演じる上で、彼女の外見とギャップのある低音ボイスは、重要かつ有効な武器になっているのだ。

今の時代を生きる主人公を演じて“前途有望な若い女性たち”にエールを送る

『プロミシング・ヤング・ウーマン』でも、彼女の声は早々にフィーチャーされている。本国版トレーラーの冒頭で、マリガンが演じるスーツ姿のキャシーが泥酔し、バーのソファーでしなだれている。

居合わせたビジネスマン(アダム・ブロディ)が、彼女を家に送り届けようとタクシーに同乗するが、欲望に抗えず自宅に連れ込み、性的な行為に着手する。

すると、ふにゃふにゃとした声で「何してるの〜?」と繰り返した後に、最適なタイミングで「ねえ、何してるのって聞いてるんだけど」とドスの利いた声を放ち、男を凍てつかせるのだ。

画像: 復讐を自らに課す女性を演じた『プロミシング・ヤング・ウーマン』は間違いなく彼女のキャリアの最高到達点

復讐を自らに課す女性を演じた『プロミシング・ヤング・ウーマン』は間違いなく彼女のキャリアの最高到達点

彼女は酔ったふりをして獲物が網にかかるのを待つ蜘蛛ではあるが、無分別なシリアルキラーでもなければサイコパスでもない。

〝前途有望な若い女性(=プロミシング・ヤング・ウーマン)〞だった彼女は、7年前のある事件が原因で、医大を中退した過去がある。彼女はその類まれなる知性と魅力的なルックスを武器に、あるタイプの人達に合法的に制裁を下すミッションを、自らに課していたのだ。

人生をドロップアウトして復讐に勤しむキャラクターは、たいてい外界と断絶した孤独な日々を送っている。しかしキャシーは実家で両親と暮らし、昼間はカフェの店員として働き、親しい友人や恋人はいないが、日常を淡々と送っている。

ところが、大学時代の同級生ライアン(ボー・バーナム)との偶然の再会から、意外にもキャリー・マリガンにとって初めてのジャンルとなる、ロマンティック・コメディが始まるのだ。キャシーとライアンのユーモアと毒を交えながら相手との距離を測るやりとりは、「これぞロマコメ!」という醍醐味を味わえる。そして、このパートのキャシーことキャリー・マリガンは、ひたすら可愛く、しかも手強い。

危険なミッションに勤しんでいたキャシーは、ライアンとのロマンスがきっかけで、皮肉にも、過去の事件に落とし前をつけざるを得なくなる。

必殺仕置人の顔、ロマンスにときめく顔、過去と向き合い苦しむ顔、そしてラストに見せる予想外の顔。マリガンは『プロミシング・ヤング・ウーマン』で、誰かの相手役でも過去に生きる女性でもなく、今の時代を生きる主人公を多面的に演じて〝前途有望な若い女性たち〞にエールを送る。本作は間違いなく、彼女のキャリアの最高到達点だ。

第93回アカデミー賞5部門ノミネート(作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞、編集賞)

「プロミシング・ヤング・ウーマン」(夏公開)

画像: 本年度アカデミー賞主演女優賞有力!キャリー・マリガンの演技に世界中が虜になる理由

話題のドラマ『ザ・クラウン』で脚光を浴びた女優エメラルド・フェネルが監督・脚本を務めた復讐エンターテインメント。

ある不可解な事件によって有望な前途を奪われたキャシー(キャリー)。夜ごと出かける彼女には、誰も知らない“もう一つの顔”があった。

配給:パルコ

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