カバー画像:©photo by gilles-pansart
教職者で母親でもある女性が溺れる恋愛
パリの大学で文学を教えるエレーヌは、パーティでロシア大使館に勤める年下の男性アレクサンドルと出会い、魅入られたように恋に落ちる。
多くを語り合うこともなく謎に包まれたままで、肉体的悦楽へと導く若く美しいアレクサンドリアの意のままに、自宅やホテルで逢瀬を重ねるエレーヌ。今までと変わらない日常を送りながらも、アレクサンドルからの電話をひたすら待ち続け、肉体も精神もすべてを奪われていくかのようだ。
それまでの平穏な日常を破壊するような、この劣情的恋のゆくへはどこへ向かうのか……。白熱の性愛シーンが息をのむ迫力で、2020年、第73回カンヌ国際映画祭のオフィシャルセレクション作品に選ばれている。
90年代に描かれた恋愛を、今の時代に
── 90年代に世界中に衝撃を与えるほどのベストセラーとなった、アニー・エルノーの小説を原作に、監督は本作をお撮りになりました。
30年余を経て、当時と比べたら、女性が自由に恋愛をすることについての世間的なモラルは、ずいぶん変化したと思われます。今、あえて映画化しようという想いとは、どのようなものなのでしょう?
「私が今まで撮った作品の中では、メルヴィル・プポー主演の『ファインダーの中の欲望』(2007)のように、恋愛のシーンを描いたものもありました。
でも、もっと恋愛を全面に描いた作品に取り組んでみたいと思う気持ちが募ってきて、撮りたいと思ったのが、本作だったのです。
女性が若い時に経験する恋愛は、結婚や出産と子育てというものに結びつくことが多いでしょう。一方、40代、50代、60代になってからは、人生経験も重ね、恋愛を心から楽しめる年代となります。
純粋に恋に酔いしれ、愉しむことが出来るはず。好きな人と一緒にそういった時間を得られるということが、幸せなことだと心底思えるのではないかと。自分自身もその年代を迎えて、そういう心境を描いてもみたかったです」
── なるほど。60代でも大いに恋をして愉しんで、いいんですね(笑)。ということは、エルノーが著した小説に描かれる恋の熱情は、時代に関わらず、普遍的なものであるということになりますか?
「その通りです」
ダンス表現にも近い、性愛の場面
── この作品では、エレーヌを演じるレティシア・ドッシュと、アレクサンドルを演じるセルゲイ・ポルーニンが試みた、激しい性愛のシーンが多様に展開します。本編にはその描写が絶え間なく描かれ、観る者は眼を見張るばかりです。
しかし、観ているうちに、それがとても自然体で、特にポルーニンがバレエダンサーでもあるせいか、ダンスを観ているような気持にもなりました。考えたら、クラシックバレエだってかなりエロチックなシーンはありますからね。
「そうですね。二人の愛を交わすシーンは、コンテンポラリーダンスをする二人、というようなイメージで、次々に演じてもらったんですよ。
身体的機能を最大限に駆使したポーズに取り組んでもらおうと。だから、私は映画監督というより、コレオグラファー、振付家みたいでしたね(笑)」
女性監督が撮る、最高に美しい男優の「絡み」の肢体
── 女性監督が女性を美しく撮る、そして愛を交わす時の、一番悦楽を感じるポーズはどんなものかなどは、同性としてもイメージがドンドン湧くと思うのですが、男性を、しかも女性との「絡み」を撮るという時に、それなりの戸惑いやご苦労はあったのではないでしょうか?逆に、愉しくて仕方なかったとか?(笑)
「男女の性愛の営みのシーンにおいて、私が(原作のことも考えたうえで)大切にしたかったことは「優美」であること、エレガントでなくてはならないということでした。
二人に、どんなポースをとってもらうにせよ、そこにはまず、信頼関係がなくては、私の思うものは描けないわけです。とにかく細やかに、その時の女の側の心境、男の側の想いを説明して理解してもらって、表現してもらう。
そういう意味では、私たち三人はとても深い友情の様なもので結ばれながら、難しい「絡み」のシーンを一つ一つ作り上げて行ったのです。一挙手一投足を指導しながらね。そこに男だから、女だからという違いはなかったですね」
── そうでしたか。そうなると、むしろ、レティシアとポルーニンがまずは友情関係を結び、仲良くならないといけないわけでしょうから、そのあたりには、どの様な工夫をなさったのでしょうか?
「これはもう、何もしなくても二人は運命共同体なんです。と言うのも、私とポルーニンには、どうしても監督と男優という関係上、上下関係が生れますね。これはどうすることも出来ません。
しかし、彼とレティシアは、そういう意味では共同戦線を張るのは当然でしょう。とてもしっかりした友情関係の絆が、すぐに結ばれたんです(笑)。
その上で、常に彼が彼女をリードするという立場に立ち、それに導かれて彼女の演技もグングンと向上していきましたよ」