これまで多くの映像化が失敗に終わり、「映像化不可能」作品の最高峰として君臨してきた小説「デューン/砂の惑星」。原作発表から約半世紀、なぜ今、ヴィルヌーヴ監督は再びこの映画化に挑んだのでしょうか?(文・平沢薫/デジタル編集・スクリーン編集部)

原作には今だからこそ描くべき要素がある

画像: 映画には主人公ポールの台詞など原作にはない要素も登場する

映画には主人公ポールの台詞など原作にはない要素も登場する

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督は、なぜ2021年の今、1965年に刊行されたSF小説「デューン/砂の惑星」の映画化に挑むのか。その理由はまず、この原作が、監督が10代半ばで初めて読んで以来の愛読書で、その映画化は監督の夢だったから。

画像: 愛読書「デューン/砂の惑星」の映画化は監督の夢だった

愛読書「デューン/砂の惑星」の映画化は監督の夢だった

そしてもう一つの理由は、原作に今だからこそ描くべき要素があるからだろう。その要素は、原作と出会った当時は科学を学ぶ学生で、生物学者か映画監督になりたいと考えていたヴィルヌーヴが、感銘を受けた要素でもあった。

それは、〝生態系〞という考え方。言い換えれば「生物とそれを取り巻く環境を、すべて関連性のあるものとして全体的にとらえる」という考え方だ。原作で、先住民フレメンたちが砂漠で生きる技を磨くのも、カインズ博士が自分を生物学者ではなく惑星学者だと言うのも、レト公爵が先住民の支配ではなく彼らとの共存を目指すのも、デューンという惑星を一つの〝生態系〞としてとらえているから。

画像: 政治的陰謀劇、惑星での冒険、青年の成長など様々なテーマが絡み合う

政治的陰謀劇、惑星での冒険、青年の成長など様々なテーマが絡み合う

彼らは、一部の人間ではなく、惑星全体をよい状態で持続させる方法を考える。そこにあるのは、持続可能な環境、異文化との共存、多様性など、まさに今、現代社会が直面している課題だ。こうした要素を際立たせるため、監督が脚本にも参加した本作には、映画の最後のポールの台詞をはじめ、原作にはない台詞や行動がいくつも登場する。

こうして描かれる新たな物語こそ、ヴィルヌーヴ監督版「デューン」の魅力。もともと原作小説には多様な要素があり、単純なテーマを描く作品ではない。政治的陰謀劇、対立する一族の闘争、未知の惑星でのアドヴェンチャー、青年の成長物語であり、ラブストーリーでもある。どの部分を抽出して描くかにより、まったく別のドラマになることは、同じ原作を映画化したデヴィッド・リンチ監督の『砂の惑星』(1984)、ジョン・ハリソン監督のTVミニシリーズ『デューン/砂の惑星』(2000)でも証明済みだ。

激しい戦闘シーンにまで監督の美学が行き渡る

画像: 本物の大自然の景観が多様な惑星の情景に取り込まれている

本物の大自然の景観が多様な惑星の情景に取り込まれている

そんな原作だからこそ、ヴィルヌーヴ監督の脚色の技が冴え渡る。その力量はすでに、短編SF小説を映画ならではの時制表現を使って映画化した『メッセージ』、SF映画史の金字塔をアレンジした続編『ブレードランナー 2049』でも高く評価されている。振り返れば、このSF映画2作は、本作に到るための過程だったようにも見えてくる。

さらに脚本だけではなく、監督は映像自体でも〝生態系〞を表現し、〝生態系〞の一部である〝自然〞をたっぷり映し出す。その〝自然〞を創り出すため、ヨルダンやアブダビの砂漠だけでなく、ハンガリーやノルウェーでも撮影が行われ、本物の大自然の景観が多様な惑星の情景に取り込まれている。その姿勢は音楽も同じ。ハンス・ジマーによる音楽は、砂漠を吹く風の音、振動する砂の音といった〝自然〞の音をモチーフに作られた。

画像: 戦闘シーンにもヴィルヌーヴ監督の独自の美学が見て取れる

戦闘シーンにもヴィルヌーヴ監督の独自の美学が見て取れる

そしてそのすべてが、ヴィルヌーヴ監督の静かで繊細な美学によって統合されていく。灼熱の砂漠の上の白灰色の空、どこまでも滑らかな砂。アトレイデス公爵の館の緻密な木彫細工の壁。皇帝の使者たちの豪奢で精緻な装飾。激しい戦闘シーンにまでこの美学が行き渡る。ヴィルヌーヴ監督が描く砂の惑星デューンは、今だからこその新たな物語と、監督独自の美学で魅了してくれる。

名著「デューン」映像化のこれまでとこれから【コラム】

画像: 『砂の惑星』撮影現場で演出中のデヴィッド・リンチ監督

『砂の惑星』撮影現場で演出中のデヴィッド・リンチ監督

原作小説「デューン/ 砂の惑星」は65年に刊行され、1960〜70年代のヒッピー文化や自然回帰志向の中で「指輪物語」「異星の客」と並ぶ若者たちの愛読書となり、映画化企画は何度も持ち上がるが、映画化は難航。

まず、1971年に『猿の惑星』のプロデューサー、アーサー・P・ジェイコブスが映画化権を入手し、『アラビアのロレンス』のデヴィッド・リーンに監督をオファーするが断られ、1973年のジェイコブスの死去により企画が消滅。

次に、75年に仏プロデューサー、ジャン・ポール・ギボンとミシェル・セドゥが『ホーリー・マウンテン』のアレハンドロ・ホドロフスキー監督と準備を進めるが頓挫した経緯はドキュメンタリー『ホドロフスキーのDUNE』(2013)に詳しい。

画像: 映画化失敗の顛末を記録した『ホドロフスキーのDUNE』

映画化失敗の顛末を記録した『ホドロフスキーのDUNE』

そして、76年にディノ・デ・ラウレンティスが映画化権を入手。『エイリアン』のリドリー・スコットが監督になるが、80年の兄の急死により降板。そこで『エレファント・マン』のデヴィッド・リンチ監督を起用して初めて映画化されたのが『砂の惑星』(1984)だが、興行的には成功しなかった。

また、2000年と2003年に、米サイファイ・チャンネルがミニシリーズ「デューン/砂の惑星」「デューン/砂の惑星Ⅱ」を製作し、エミー賞特殊効果賞等を受賞。本作は約20年ぶりの映像化になる。

本作は全6作の小説シリーズの第1作「デューン/砂の惑星」の前半を描く映画だが、監督は、小説の後半を描く映画第2作ではポールが出会った先住民の少女チャニが中心人物になるという構想や、小説シリーズ第2作「デューン/砂漠の救世主」の映画化作を合わせて三部作映画にする構想もあると発言しており、今後の製作情報に注目だ。

『DUNE/デューン』とともに観たい“天才”ヴィルヌーヴ監督を堪能する3本

謎解きにヒネリを加えた重層的なストーリー『プリズナーズ』(2013)

画像: 謎解きにヒネリを加えた重層的なストーリー『プリズナーズ』(2013)

出演:ヒュー・ジャックマン、ジェイク・ギレンホール

ヒュー・ジャックマン演じる父親が、誘拐された6歳の娘の行方を探して次第に暴走していく。犯罪サスペンス、犯人探しの謎解きにヒネリを加え、関係者それぞれの心理までをも描く重層的なストーリー。ロジャー・ディーキンス撮影による映像も美しい。タイトルは、誰が何の“ 囚人(プリズナー)” なのかを描く物語を象徴している。

映画ならではの仕掛けを施した脚色が巧み『メッセージ』(2016)

画像: 映画ならではの仕掛けを施した脚色が巧み『メッセージ』(2016)

出演:エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー

人気SF作家テッド・チャンの短編「あなたの人生の物語」を映画化。エイミー・アダムス扮する女性言語学者が、エイリアンとの意思疎通を試みる。原作のテーマはそのままに、語り口に映画ならではの仕掛けを施した脚色が巧み。エイリアンの異文化の意思伝達方法を視覚化する、絵と文字が融合したような動く図形も魅力的。

SF映画の金字塔の35年ぶりとなる続編『ブレードランナー 2049』(2017)

画像: SF映画の金字塔の35年ぶりとなる続編『ブレードランナー 2049』(2017)

出演:ライアン・ゴズリング、ハリソン・フォード

SF映画史に燦然と輝く名作『ブレードランナー』の続編。レプリカントを取り締まる捜査官K は、捜査の過程でかつての名捜査官デッカードと出会う。オリジナル作のどの要素をピックアップして、それをどうアレンジするかという脚色ぶりで唸らせる。" サプライズのあるストーリー"という、この監督の得意技は本作でも健在。

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