カバー画像:©️Masahiro Miki
原作に描かれた禁断の恋は、どう描かれるのか
父の死以来、港町で「ホテルアイリス」という名のホテル経営で生計を立てる母と暮らすマリ(ルシア)。ある晩、ホテルで起きた事件と遭遇、同宿した女を罵倒して乱暴を働く中年の男に興味を惹かれる。
「翻訳家」(永瀬正敏)で、船で渡る離れ小島に一人住まうよそ者だという噂の、その彼と会う機会があり、それから逢瀬を重ねる。彼の二面性とも思える女性の扱いや、妻を亡くしたことの秘密などにも強く惹きつけられていくマリ。二人だけの秘密の時間は濃く深くなり、決して、引き返すことは出来ないところに堕ちてゆく。
大人の女になる前の思春期の少女の好奇心や恋心が、ピュアだけに危険なものであることは、これまで多くの小説や映画に描かれ続けてきた。
「禁断」と一言でいうのは簡単だが、純愛なのか、悪の華なのかは作品を読んだり、映画を観たりする側に委ねられるものだったりする。
1993年『ピクニック』を発表以来、寡作ながら作品を世に出す毎、高い評価を得て、数々の受賞歴のある奥原浩志監督。前作『黒四角』(2012)から時を経て完成に至ったのが『ホテルアイリス』だ。
彼もまた、小説『ホテルアイリス』に魅了された読み手だった。彼が受けとめたイメージは「エロス」なのか「エロ」なのか、「芸術」なのか。完成した映画を観たら、その答えは歴然である。
美しい映像、いや、ワンカット、ワンカットが美しい。禁断ゆえに、美しくなくてはならないのかもしれない。
舞台となった台湾の金門島にも幻惑されて撮影が進んだと聞く。
映画『ホテルアイリス』で、筆者も久々に「映画」に幻惑された。
映画祭でのプレミア上映の反響とは
── 映画『ホテルアイリス』は、すでに台湾では映画祭で上映されていますね。日本でも、大阪アジア映画祭で。それぞれの反響はいかがだったでしょうか。
コロナ禍でパンデミックになって、台湾には行かれなかったんです。Zoomで質疑応答もあって、でも、えー忘れました(笑)。
── そもそも、作家の小川洋子さんの作品は、台湾では読まれているんでしょうか。
ええ、読まれている作品もありますね。ホテルアイリスも翻訳されてます。
── で、大阪の映画祭での反響はどうでした?
こちらも、蔓延防止の時期でして、質疑応答はなかったですが、観た方から声をかけられました。私の前作『黒四角』のような作品ですと、どちらかというと「閉じている」内容ですから、観終わって皆さん、無言、みたいなことが多いですが、今回の映画は、比較的「広けている」作品ですから、「良かったですよ。原作も読んでみたいです。それで、また考えてみたいです」みたいな、影響が広がっていく感じですかね。そんな風な、そういう声が今までより多かったですね。
── なるほど。そういう観客は男性と女性、どちらが多いんでしょう?
あ、女性ですね。
── そもそも、この原作には謎が多い、そこに惹かれるものがあって映画化したかったそうですが、映画がますます謎を深めていますね。難解というか。
そうですね。原作が謎多き作品で、正解がないですから、謎は謎として提示していかなくてはならないですね。
難解な部分が活かされる、映画的な完成度
── そこが私にとっては、非常に本来の「映画的」な映画になっているなと思って、観ていてものめり込めました。久々です。今って、わかりやすい描き方が多いので、考えているとすぐ、次のシーンで答えが分かってしまう……。
まさに、この作品に取り組んだ動機の一つが、そのあたりだったりします。映画を観ていて「腑に落ちてしまう」ばかりでは、不信感も生まれかねない。しかし、昔と今とでは、映画の持つ定義というものも変わって来ていますし。ただ、自分が80年代後半くらいから観てきた映画の影響は大きいと思います。
その頃の映画、あるいはそれより過去の映画、それら映画が映画だと思って、映画を作りたいと今までやって来ていますので。
── どのあたりの作品をご覧になっていたんでしょう?
まあ、普通ですよ。中学の頃から、鎌倉に住んでいたので、藤沢には二番館的な映画館が多数あり、観るようになっていました。ハリウッド映画とか、香港映画とか。ジャッキー・チェンなんかの映画も観ていました。
そして、80年代後半になると、ミニシアターブームが盛り上がってきて、いろいろ観ました。高校生から大学生になる頃ですね。
── そのあたりの作品は、当たり前に難解だったりしましたしね。
そう、それとね、その頃は活躍している複数の映画評論家の方々がいらして、映画批評の雑誌などを読んでいました。難解だなと思う作品のことをよくわからないといけないかなと思ったりして。
ですから、そういう気持ちで観る方々には、今回の『ホテルアイリス』も観ていただけたらなんて思います。