〜今月の3人〜
土屋好生
映画評論家。試写室通いの日々が懐かしい…なんて弱音を吐いてちゃいけないのだけれど、感染者も高止まりの憂鬱な日々。
斉藤博昭
映画ライター。交通事故で右腕を粉砕骨折。約1ヶ月間、左手のみでのキーボード操作は過酷な試練になりました。
まつかわゆま
シネマアナリスト。父の上映会用に論文を書きつつ、海外ドキュメンタリー100本ノックに挑戦する日々です。
土屋好生オススメ作品
金の糸
重くのしかかってくる過去の記憶をどう乗り越えるか。91歳の女性監督が問題提起する
評価点:演出4/演技5/脚本5/映像5/音楽4
あらすじ・概要
娘夫婦一家と暮らす女性作家のもとへ娘の姑が引っ越してくる。ちょうどその日は作家の79歳の誕生日。なのに家族の誰からも祝福の言葉もない。錯綜する過去と現在の記憶のなかで胸騒ぎの一日が始まる。
ゆったりとした時間の流れの中に浮かびあがるチェーホフのような静謐な劇空間。それをひとことでいえば高齢の男女3人が織り成す追憶の旅といおうか。そこには若き日の甘い恋あり、様々な恋の駆け引きあり、そして何よりも忘れがたい旧ソ連時代の弾圧の歴史あり。それらをひっくるめて主人公の女性作家は在りし日のジョージアの苦難に満ちた過酷な歴史に思いをはせるのだ。
それにしても映画の全編に漂うこの孤立感や空虚感はいったい何なのか。あまりにも重くのしかかってくる過去の記憶にどう対処し、それをどう乗り越えたらいいのか。その過去の記憶で登場するのが壊れた陶磁器を金で修復する日本の「金継ぎ(きんつぎ)」の技法。破損個所を金の糸でつなぎ合わせることによって忌わしい過去との和解を試みるのだ。が果たして暗い過去を「金継ぎ」というメタファーによって和解への道を探り当てることができるのか。撮影当時91歳の女性監督ラナ・ゴゴベリゼの鋭い問題提起である。
© 3003 film production, 201
ムヴィオラ配給・公開中
斉藤博昭オススメ作品
THE BATMAN ーザ・バットマンー
ノーラン版との比較も楽しめるがフィンチャーの『セブン』(1995)に近いテイストの新バットマン
評価点:演出4/演技4/脚本3/映像5/音楽5
あらすじ・概要
ゴッサムシティの市長が殺害される事件が発生。その現場には暗号めいた手紙が残されており、ゴードン刑事はバットマンと協力して真相を追うが、さらに市の権力者が犠牲となり、バットマンも犯人の標的であると発覚する。
クリストファー・ノーランがひとつの完成形を作った闇の騎士=ダークナイトが、どんな進化をとげるのか。作品全体のシリアス&ダークなテイストなど、その“比較”も本作の楽しさだ。上映時間が3時間近くなので、どこまで物語が広がるのか身構えると、本筋をしっかり突き進むので、作品の流れにゆったり身を委ねる感覚。声を上げたくなるショック描写、正体不明の悪役リドラーの仕掛ける連続殺人と、それを捜査するバットマンとゴードンという構図で、最も近いテイストはフィンチャーの『セブン』(1995)ではないか。
ロバート・パティンソンのブルース・ウェインは、過去のバットマン俳優と異なり、極端なまでの憂いと悲哀をにじませ、無精ヒゲも隠さない外見で、作品全体に狂おしさと悩ましい美しさを加味。そう考えるとポール・ダノのリドラーはやや物足りないが、キャットウーマンにセクシュアリティの曖昧さが込められたり、いかにも今っぽい味つけが想像力を広げる。『ダークナイト』(2008)とシンクロするラストは、主人公が背負う十字架の重さと、その切なさで深い余韻に包まれた。
©️ 2022 Warner Bros.Ent. All Rights Reserved. TM & ©DC
全国公開中 配給:ワーナー・ブラザース映画
まつかわゆまオススメ作品
シラノ
『GOT(ゲームオブスローンズ)』のディンクレイジ演ずる史上一番セクシーなシラノ・ド・ベルジュラック!
評価点:演出5/演技5/脚本4.5/映像4/音楽4
あらすじ・概要
小人症ながら文武に優れたシラノは幼馴染ロクサーヌに思いを寄せている。しかし彼女はシラノの部下の二枚目クリスチャンに一目惚れ。シラノが彼のかわりに書いた恋文を読んだロクサーヌは恋を成就させるが…?!
芝居や映画には、観客の共通認識とされる約束事「コード」がある。ミュージカル>演劇>映画という順でコードの自由度は減り、リアル感が上がる。が、最近のハリウッド映画はコードを守る“見せかけのリアルさ”より解釈の自由、多様性を尊重する。
で、『シラノ』。シラノは巨大な鼻にコンプレックスがあって憧れのロクサーヌに告白できない。それを劇作家のエリカ・シュミットは大胆に改変。ミュージカル化し、シラノを小人症の名優ピーター・ディンクレイジ(実は夫)に演じさせ、“たかが鼻コンプレックス”から、シラノの葛藤とそれを超える真の愛というテーマを高め、現代人に響くものに読み替えて見せた。見事な脱コード化、である。
その舞台を見たライト監督が感激して映画化に乗り出し、エリカを脚本に、そして欠かせないディンクレイジを主役に迎え、完成させたのが本作である。シチリアのロケ、衣装、ザ・ナショナルによる楽曲と見所聴き所満載の作品だが、まずはコードへの挑戦、解釈の自由の勝利を讃えたい。
©️ 2021 Metro-Goldwyn-Mayer Pictures Inc. All Rights Reserved.
東宝東和配給・公開中