作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。どこかの誰かのお陰で、お花見どころではない憂鬱な日々が続く。

久保田明
映画評論家。いまだピリオドが打たれぬウクライナ紛争。募金くらいしかできないけれど、世界の成り立ちを考える。

前田かおり
映画ライター。両親の介護で毎月九州に帰省。どよよーんとなる行き帰り、旅気分になって気持ちをアゲてます。

土屋好生オススメ作品
キャスティング・ディレクター ハリウッドの顔を変えた女性

キャスティングという仕事を通して「映画は総合芸術」という真実に改めて思い至る

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要

キャスティング・ディレクターの足跡をたどる証言集なのだが、登場人物はスター級の俳優や大物監督がずらり。映画の現場の裏の裏まで知り尽くした彼女の内面まで浮かび上がらせるハリウッドの裏面史にもなっている。

例えば『明日に向って撃て!』(1969)のロバート・レッドフォードとポール・ニューマン、『真夜中のカーボーイ』(1969)のダスティン・ホフマンとジョン・ヴォイト。なんとも懐かしい若き日の俳優たちの顔触れと絶妙なキャスティング(配役)。何より驚かされたのはその配役という仕事に映画を知り尽くした1人の女性が重要な役割を担っていたこと。その人の名はマリオン・ドハティ。

長年にわたって映画会社のキャスティング・ディレクター(配役担当)として知る人ぞ知る存在だったのだが、ここでは彼女の柔和な人柄や直観力に優れた仕事ぶりに触れつつ配役という仕事を再評価しその全体像に迫るのだ。

画像: キャスティングという仕事を通して「映画は総合芸術」という真実に改めて思い至る

そして商業主義に毒された昨今の映画業界への批判と失望にも言及するが、それもこれも映画への愛あればこそ。いまだに業界では認知されないキャスティング・ディレクターというクレジットへの彼女なりのこだわりも理解できる。「映画は総合芸術」という真実に改めて思い至る必見のドキュメンタリーだ。

テレビマンユニオン配給、公開中
©Casting By 2012

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久保田明オススメ作品
ニトラム/ NITRAM

観る人の数だけ答えはあるかも。
主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが圧巻!

評価点:演出5/演技5/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要

死者35人。負傷者23人。世界を震撼させた無差別銃撃事件はなぜ起きたのか? その「なぜ?」にポイントを絞った野心作。事実に取材し、青年ニトラムの心の奥に広がるものを探る。

映画と一緒に世界に放り出され、解釈に迷いつづけるタイプの作品があるものだ。この『ニトラム』もそのひとつ。主人公の青年は断罪され、隔離されるべきなのか。もちろんそうだろう。しかしそのとき、彼のなかではなにが起きていたのか。救いの手が差し伸べられていたら事態は変わったのか。でもそれはどんな方法で? 誰が? いろいろ考えさせられることが多い一作である。

1999年の春、映画『ボウリング・フォー・コロンバイン』で描かれたコロンバイン高校銃乱射事件が起きる3年ほど前。1996年の4月28日にオーストラリアのタスマニア島、ポート・アーサー地区で起きた無差別銃乱射事件の《入口まで》を描いた一作。この入口まで、という構成が観る者を困惑させる。ぼくはニトラム(愚鈍の意)と呼ばれる青年を見て涙を流した。心のなかで。

画像: 観る人の数だけ答えはあるかも。 主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが圧巻!

主演のケイレブ・ランドリー・ジョーンズが名演(カンヌ映画祭で男優賞を受賞した)。母親役のジュディ・デイヴィスなど役者もみな揺れており、味わいがある。ドルビー・アトモス仕様。音の配置も秀でている。

セテラ・インターナショナル配給、公開中
© Good Thing Productions Company Pty Ltd. Filmfest Limited

前田かおりオススメ作品
ハッチング-孵化-

少女の自我の芽生えや狂気の噴出を「卵の孵化」になぞらえ描く北欧ホラー

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像5/音楽4

あらすじ・概要

12歳のティンヤは家族の動画を配信するのに夢中な母親を喜ばすため、全てを我慢し、体操大会を目指して猛練習。だが、森で発見した奇妙な卵が孵化したことを機に、彼女の周りで不可解な出来事が起こり始める。

北欧ホラーというので、画面が暗く、寒々しい空気感で恐怖をそそるのかと思いきや、舞台は明るくおしゃれな一軒家。そこで広がるのは母と娘の仲睦まじい光景なのに、胸がざわついて仕方がない。

取ってつけたような笑顔を浮かべる母親は、家族の動画を誇らしげに世界に配信するのが生き甲斐。そんな母親の願望に付き合う12歳の少女ティンヤの自我の芽生えを、拾ってきた卵の孵化になぞらえて描く。美しく、憧れていた母親の醜悪な面を見てから、ティンヤの卵はみるみるうちに巨大になり、割れる。純真無垢な少女から狂気が生まれていく過程と、家族の本性があからさまになっていく過程が重なり、おぞましくもあり、滑稽にも映る。

画像: 少女の自我の芽生えや狂気の噴出を「卵の孵化」になぞらえ描く北欧ホラー

フィンランドのハンナ・ベルイホルム監督はこれが長編デビュー作だそうだが、女性ならではの視点で美しいものに潜むグロテスクさを切り取る。そのセンスが秀逸。ティンヤ役のシーリ・ソラリンナは可憐で思春期の儚さを見事に体現し、乙女チックな世界観にピタリとはまっている。何より華奢な体がグロくホラーに見えるのが凄すぎる。

ギャガ配給、公開中
© 2021 Silva Mysterium, Hobab, Film i Vast

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