作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。崩壊に向かって進む世界。それを止められないもどかしさ。歴史の歯車が逆転する蛮行に打つ手はないのか。

北島明弘
映画評論家。引っ越しのため多数の書物、家具を処分するも、捨てても捨てても減らず、じっと汚れた手を見る今日この頃。

杉谷伸子
映画ライター。今さらと敬遠していた『SATC新章』。遅まきながらチェックして、大人のリアルに共感しきり。

土屋好生 オススメ作品
オードリー・ヘプバーン

1人の女性の真摯な生き方に迫る「人間オードリー」の伝記と言えるドキュメンタリー

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽4

あらすじ・概要

将来バレエダンサーになることを夢見た少女が『ローマの休日』(1953)でアカデミー主演女優賞に輝き、一躍ハリウッドのトップ女優に。本人と関係者らの貴重なインタビューから浮かび上がる一女優の人間像とは…。

洗練された容姿に圧倒的な美貌。ハリウッド女優の中でもひときわ目立つ存在だけに、さぞかし幸せな生涯を送ったに違いないと思いきや、その裏には他人にはうかがいしれない複雑な事情があった…。

具体的には少女時代、ナチス占領下のオランダで体験した激しい飢餓と両親の離婚(父親は後に失踪)である。前者は後に飢餓の子供を救うユニセフ親善大使への道を開き、後者は不幸な男性関係を呼び起こしていくのだが、そのあたり、このドキュメンタリーの作り手(ヘレナ・コーン監督)はそれらをトラウマ(精神的外傷)としてとらえようとする。

画像: 1人の女性の真摯な生き方に迫る「人間オードリー」の伝記と言えるドキュメンタリー

終幕。ユニセフの活動にのめり込んでいくオードリーを見ていると確かに少女時代の飢餓の体験が重なってくる。そして深いシワが刻まれた彼女の顔の表情から強靭な精神力が伝わってくる。

この映画は1人の女優のドキュメンタリーという枠を越えて同時代の1人の女性の真摯な生き方に迫る「人間オードリー」の伝記といっていい。

STAR CHANNEL MOVIES配給/公開中
via Sean Hepburn Ferrer

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北島明弘オススメ作品
フォーエバー・パージ

国民の分断化が進行しているアメリカの状況を風刺しているような作品

評価点:演出4/演技4/脚本4/映像4/音楽5

あらすじ・概要

自由と平穏な生活を求めて密入国したメキシコ人夫婦とテキサスの牧場主一家が、様々な困難、犠牲をはらってメキシコ国境の町まで到達する。時間内に国境を越えられるだろうか。

2013年の『パージ』を初作とするシリーズの5作目。経済が崩壊したアメリカで、一年に一日、夜7時から翌朝7時までの12時間、殺人を含むあらゆる犯罪が合法化された。パージャーと呼ばれる殺人者たちに対して、富裕層は万全の防備策をとれたが、貧乏人、移民は標的にされて逃げ惑うことに。しかも今年は12時間たってもパージが終わらず、無政府状態に陥ってしまう。隣国カナダとメキシコが6時間だけ国境を開き、避難民を受け入れると発表したので、多数が国境へ向かう。

画像: 国民の分断化が進行しているアメリカの状況を風刺しているような作品

だが、途中でパージャーに襲われたり、道路が封鎖されたりと混乱を極める。襲われた方も反撃し、逃走と追跡が続きサスペンス要素もたっぷり。市街地、山岳地帯と場所が移ると戦法、武器も変わっていく。

気味の悪いマスクをかぶったパージャーも、マスクを取ると普通の人間にしか見えぬところが怖い。二つの家族の逃避行を通じて、社会、国民の分断化が進行している銃社会アメリカの状況を風刺しているともいえ、映画のストーリーを寓話とみなすこともできる。

パルコ ユニバーサル映画配給/公開中
© 2021 UNIVERSAL STUDIOS

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杉谷伸子オススメ作品
マイ・ニューヨーク・ダイアリー

誰もが青春時代に抱く想いに溢れ仕事を始めたころの気持ちが甦るよう

評価点:演出5/演技4/脚本5/映像5/音楽4

あらすじ・概要

90年代、ニューヨーク。作家志望のジョアンナは老舗出版エージェンシーでJ・D・サリンジャー担当者のアシスタントに。日々の仕事は、世界中から届くサリンジャーのファンレターを処理することだったが…。

根拠のない万能感に溢れつつ、迷子のような心細さにも襲われる。作家ジョアンナ・ラコフの自叙伝の映画化は、青春時代に誰もが抱くこんな想いに溢れている。

ただ、彼女の場合は生活のために就いた仕事が、老舗出版エージェンシーのアシスタント。J・D・サリンジャーへのファンレターに紋切り型の返事を出すだけの仕事を与えられた彼女が、手紙に記された読者の想いや電話口で話すようになったこの隠遁作家の言葉に背中を押され、自分と向き合っていく過程はハートフル。とにかくサリンジャー作品への想いの見せ方が素敵すぎる。ファンレターの主たちが実体を持ってジョアンナに語りかけ、敬遠していたサリンジャー作品を読んだ彼女の心が舞う様子は、映像表現ならではの興奮と美しさに満ちているのだ。

画像: 誰もが青春時代に抱く想いに溢れ仕事を始めたころの気持ちが甦るよう

NYの街並みの切り取り方もフォトジェニックなら、キメキメすぎず野暮ったくもないファッションも等身大でいい感じ。憧れの出版社の窓口を訪れただけで高揚するジョアンナの表情にお仕事を始めた頃の気持ちが蘇る人も多いのでは?

ビターズ・エンド配給/公開中
9232-2437 Québec Inc - Parallel Films (Salinger) Dac © 2020 All rights reserved.

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