強く結びついた母と息子でも、死は自分一人で直面するもの
──物語が息子の闘病生活に集約されています。息子のバンジャマンは過去の恋愛や現在の仕事といった背景が描かれていますが、母のクリスタルについては一切描かれていません。
クリスタルのことを細かく描いていないのは、病院で起こることに観客の意識を集中させたかったからです。同じようにバンジャマンも友人関係には触れていません。二人とも人生に自分しかいないような描き方をしています。
脚本の段階ではクリスタルについても設定があり、バンジャマンの父親とはかなり前に別れており、別の男性の存在を示唆するシーンが2つほどあったのですが、編集でカットしました。またクリスタルはかつて水泳の選手で、大会で優勝したこともあり、彼女の部屋にはトロフィーが並んでいます。それがわかるシーンもカットしています。最終的にはバンジャマンが一人息子で絆が強いという、いちばん大事な部分だけを残したのです。
クリスタルとバンジャマンのすごく濃い母子関係はオーストラリアにいるバンジャマンの昔の彼女とその息子が鏡合わせになっています。
──クライマックスをクリスタルのロングショットで映しています。どんな意図があったのでしょうか。
私はバンジャマンの死を描きたかったわけではなく、クリスタルをリアルタイムで映し出したかったのです。
クリスタルが病室から出てきて、化粧室に向かって歩いている姿を追い、化粧室に入ってしまうとカメラが回転して病院の様子を映す。クリスタルが化粧室から出てくるとカメラはまたクリスタルを追う。クリスタルの心情をロングショットで映し出す方が死ぬ人の顔を真正面から映すよりも抒情的だと思ったのです。
今なおミステリアスな魅力を放つカトリーヌ・ドヌーヴ
──監督としてご覧になったカトリーヌ・ドヌーヴの魅力とはどんなところでしょうか。
彼女はこれまでに100本以上の作品に出演していると思いますが、今でもミステリアスな部分がある。他の監督が見つかられなかった何かを見つけて、自分の作品に映し出したいという気持ちになりますね。
また、あて書きで脚本を書いていると、彼女の声でセリフが聞こえてきて、「彼女だったらこういう風に演じるだろう」とイメージがかき立てられるのです。
現場ではカメラの前のことだけでなく、カメラの後ろのことにも関心を持ち、女優の域を超えて、同志という感じで私たちと一緒に映画を作ってくれる。監督としてはとてもありがたいことです。
──監督は『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』では女優としてカトリーヌ・ドヌーヴと共演されていますね。
『ハッピー・バースデー 家族のいる時間』の時点で、すでに監督と女優として2作品で仕事をしていましたから、女優として共演するとは思いもしませんでした。演じる相手としても、監督としても、パートナーと呼べると思いますが、やはり関係性の濃さに違いがあります。とはいえ、女優として共演することはとても貴重な体験です。女優として、女性としてさまざまな影響を受けました。ただ、彼女のことを監督として見るのに慣れてしまっているので、自分の映画ではないのに監督の眼差しで彼女を見てしまい、少し混乱してしまいました(笑)。
ガブリエル・サラ医師の哲学に触れ、人生の見方が変わった
──ガブリエル・サラ医師はご自身が投影されたドクター・エデを演じています。演技は初めてかと思いますが、カメラを前にしても緊張を感じさせず、自然に振舞っていました。
自分自身を演じるとはいえ、カメラの前で素人が自然に振舞えるか。こちらが決めた動線通りに動けるか。こういったことを事前に1日掛けてテストしたところ、カメラの前でも自然にいられる方だとわかったので、ご自身に演じてもらうことになりました。
ただ、ドクター・エデは主役と言っていいくらいの登場シーンがあり、セリフも多い。彼自身の仕事を反映させているとはいえ、ドキュメンタリー作品ではありません。メロドラマとして感情を表現することも必要。特にバンジャマンの息子レアンドルとの会話はサラ医師の実生活にはありませんから、俳優として感情をこめて演じなくてはならない。
実際、撮影が始まってみるとセリフは覚えて自然に言えるのですが、それだけでは何か物足りない。俳優の仕事とは何なのか、サラ医師に細かくお伝えしたところ、あるとき、サラ医師の中でスイッチが入りました。それまではドクター・エデを一生懸命に演じていたのですが、俳優というのは演じるのではなく、役そのものにならないといけないと彼は理解したのです。それからは勢いがついて、素晴らしいパフォーマンス見せてくれました。とても素人には見えません。バンジャマンとの別れのシーンはテイクを重ねても、その度に涙を流していました。サラ医師は本当の俳優になったのです。
──撮影を振り返って、今、どんなことを思いますか。
サラ医師はたくさんの言葉や哲学を伝えてくれました。どれかひとつだけ選ぶのは難しい。サラ医師の哲学全体が私に影響を与えました。私だけでなく、この作品に関わった人はみな、サラ医師に出会って、人生の見方が変わったと思います。
患者はヒーローで、すでに十分がんばっている。「がんばれ」と言ってさらに追いつめるのではなく、「旅立つ許可」を与えてあげたいとサラ医師は語っていました。最期まで精一杯生きて、最大限に充実した人生を送る。今後、実生活上でバンジャマンのような状況にある人に出会ったら、私はきっとサラ医師の言葉を掛けてあげると思います。それくらいサラ医師の人生への信仰のようなものが私に影響を与えました。
PROFILE
エマニュエル・ベルコ
1967年パリ生まれ。ダンサーを志し舞台出演でキャリアをスタート。1994年にはFEMIS(フランス国立映像音響芸術学校)の監督コースに進学して以来、女優と監督・脚本の両方で活躍を重ねてきた。女優として『ニコラ』(1998、クロード・ミレール)や『今日から始まる』(1999、ベルトラン・タヴェルニエ)に出演しながら、ドキュメンタリーや短編、テレビ映画の監督を経て2001年に『なぜ彼女は愛しすぎたのか』で長編映画監督デビュー。脚本・主演も務めた同作はカンヌ国際映画祭ある視点部門に正式出品され、ユース賞(国内作品)を受賞した。
2011年にはマイウェン監督と脚本を共同執筆し出演も兼ねた「パリ警視庁:未成年保護特別部隊」がカンヌ国際映画祭審査員賞を受賞、2012年セザール賞脚本賞にもノミネートされた。2013年の監督作『ミス・ブルターニュの恋』で初めてカトリーヌ・ドヌーヴを主演に起用。2年後のカンヌでは、再びドヌーヴを迎えた『太陽のめざめ』がオープニング作品に選ばれたほか、主演作『モン・ロワ 愛を巡るそれぞれの理由』(マイウェン)で女優賞に輝いた。2016年には薬害スキャンダルを暴いたイレーヌ・フラションの原作を「150ミリグラム ある女医の告発」として映画化。5年ぶりの監督作となった本作ではドヌーヴ、ブノワ・マジメルとそれぞれ3度目のタッグを組み、カンヌに帰還した。
映画『愛する人に伝える言葉』10月7日(金)公開
<STORY>
バンジャマンは人生半ばで膵臓がんを宣告され、母のクリスタルとともに、業界でも名医として知られるドクター・エデを訪れる。彼に一縷の希望を託す母子だったが、エデはステージ4の膵臓がんは治せないと率直に告げる。ショックのあまり自暴自棄になるバンジャマンにエデは、「命が絶える時が道の終わりですが、それまでの道のりが大事です」と語り、病状の緩和による生活の質を維持するために化学療法を提案し、「一緒に進みましょう」と励ます。
一方、母親のクリスタルは、息子が「不当な病」になったのは、自分のせいではないかという罪悪感に駆られる。彼女には、バンジャマンが若くして当時の彼女とのあいだに子供を作ったとき、息子の将来を思うあまり、彼らとの仲を引き裂いた過去があり、そうした心労を与えたことが病に繋がったのではないかと悩む。だが、ドクター・エデの助けを借りて、クリスタルは息子の最期を出来る限り気丈に見守ることを心に決める。
『愛する人に伝える言葉』
2022年10月7日(金)新宿ピカデリー、シネスイッチ銀座 他全国公開
監督:エマニュエル・ベルコ
脚本:エマニュエル・ベルコ、マルシア・ロマノ
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ、ブノワ・マジメル、セシル・ド・フランス、ガブリエル・サラ
2021年/フランス映画/フランス語・英語/122分/カラー/スコープサイズ/5.1chデジタル/原題:De son vivant
字幕翻訳:手束紀子
配給:ハーク/TMC/SDP
公式サイト:https://hark3.com/aisuruhito/
© Photo 2021 : Laurent CHAMPOUSSIN - LES FILMS DU KIOSQUE