苦労が多かった湿地帯での撮影
──舞台となった湿地帯の美しい自然に目を奪われました。日本では湿地帯について馴染みが薄いのですが、アメリカの方にはどのように捉えられているのでしょうか。
原作は湿地帯に住むか、町側に住むかということが階級の違いでもあることを描いた物語でもあります。町に住む人はある種の階級に属する人たちでちゃんとした職業に就き、文明的な生活を送っている。湿地帯で生活している人はそれより低い階級の人たちという認識がされているのです。湿地帯で生活するのは自然の中で生き抜く術が必要ですから、いろいろな伝説も生まれていて、そういったことが原作にも書かれています。
──湿地帯での撮影は大変だったのではありませんか。
湿地帯は天気が変わりやすく、予測ができません。しかも船の上で撮影しなくてはならない。この二重苦は本当に大変でした。私自身、ボートに乗って撮影するのは初めてだったうえに、撮影隊全員を連れて行くので、何隻もボートがある環境での撮影になります。簡易トイレも必要。湿地帯は浅瀬なので、撮影のためにはそれでも水深のあるところを探さなくてはなりませんが、思い描いている背景で、水深もあるところとなると場所がかなり限られてしまいます。やっと見つけて「さあ撮影しよう」と思ったら、引き潮で撮影ができなかったこともありました。撮影日数が当初の予定よりも延びてしまったほどです。
恋焦がれる気持ちを繊細な演技で魅せたデイジー・エドガー=ジョーンズ
──主役のカイアを演じたデイジー・エドガー=ジョーンズをキャスティングした決め手を教えてください。
この企画が始まる数カ月前に彼女が出演しているイギリスのテレビドラマ シリーズ「ふつうの人々」を見て、キャラクターに深みをもたらすことができる女優であると感じました。そこでオーディションに参加してもらったのですが、カイアというキャラクターの繊細でピュアなところだけでなく、力強さも表現できるところに感動しました。最初に見せてくれた演技に涙を浮かべたほどです。全員一致で彼女の起用が決まりました。
──デイジー・エドガー=ジョーンズはカロライナ訛りやボートの操縦、絵を描く技術を身につけたそうですが、内面的な部分を作っていく上で、どのような会話を交わされたのでしょうか。
カイアは彼女を愛すべき人たちから湿地帯に置き去りにされ、たった1人で生き永らえてきただけでなく、テイトやチェイスとの関係において辛い体験をします。それでも自分の存在価値を見出そうと必死に行動します。幼少期のトラウマに対して何がどうトリガーとなったのか。その点について彼女とよく話をしました。
──デイジー・エドガー=ジョーンズの女優としての魅力はどんなところでしょうか。
デイジーは原作をバイブルのように何度も読み、原作に書かれていることを脚本に書き込むなど、とても緻密に取り組んでいました。そうやってキャラクターを深いところまで掘り下げていき、カイアとしてその瞬間、瞬間を生きながら演じるだけでなく、どのシーンも数テイクずつ撮りましたが、テイクごとに少しずつ演技を変えて見せてくれたのです。
ちょっとしたシーンでさり気なく、深い演技を見せてくれたのには驚きました。テイトとは友だちから始まって、お互いに少しずつ恋愛感情が芽生えていくわけですが、すごく印象に残っているシーンがあります。テイトが置き忘れていったネルシャツをカイアが抱きしめて嗅ぐシーンですが、デイジーのスタントインの方がやった場当たりでは、何か不自然な印象が拭えなかったのです。シーンとしてうまくいくのか、不安が過りました。
ところがデイジーが現場に入って演じたところ、そこにはいないテイトの姿が見えるほど、カイアの恋焦がれる気持ちが伝わってきたのです。恋をするってこういうことだよねとひしひしと感じました。そういった静かなシーンでの彼女の身のこなし、視線の投げ方、息の吐き方が繊細で素晴らしかったです。
『ザリガニの鳴くところ』
全国の映画館で公開中!
監督:オリヴィア・ニューマン
脚本:ルーシー・アリバー
原作:ディーリア・オーエンズ、友廣純 訳『ザリガニの鳴くところ』(早川書房)
製作:リース・ウィザースプーン、ローレン・ノイスタッター
出演:デイジー・エドガー=ジョーンズ、テイラー・ジョン・スミス、ハリス・ディキンソン、マイケル・ハイアット、スターリング・メイサー・Jr.、デヴィッド・ストラザーン
音楽:マイケル・ダナ
オリジナル・ソング:テイラー・スウィフト「キャロライナ」
原題:Where the Crawdads Sing
2022年/125分/G/アメリカ
配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント
公式サイト:https://www.zarigani-movie.jp/