ドラマ「イチケイのカラス」は自由奔放で型破りなクセ者裁判官・入間みちおと上昇志向が強い超ロジカルなエリート裁判官・坂間千鶴の2人がコミカルな掛け合いを見せつつ、<真実>のみを追求し、社会の闇を暴いていく姿を描いて話題になりました。映画『イチケイのカラス』が描くのはドラマから2年後。みちおは「職権発動」が通用しない国家機密に挑み、坂間は裁判官の“他職経験制度”で弁護士に期間限定で転職し、小さな事件にも全力投球していきます。引き続き演出を担当した田中亮監督にドラマから更にスケールアップしたストーリーと、魅力的なキャラクター達についてお話をうかがいました。(取材・文/ほりきみき)

今まで見たことのない入間みちお、坂間千鶴を作り出す

──映画では坂間が裁判官ではなく、弁護士になっていたのに驚きました。物語の着想のきっかけはどんなことだったのでしょうか。

単純な連ドラの延長線上ではなく、新たな舞台で新たな人間関係を構築しようというところから脚本開発を始めました。しかし、連ドラの最後にみちおさんが熊本に異動しています。バラバラになったみちおさんと坂間をどうやって再び会わせるのか。そこで難航していたときに、裁判所監修の水野智幸先生から判事補及び検事の他職経験制度について教えていただきました。

裁判官や検察官は10年のうち2年は他の職業を経験するというもの。「裁判官でなくてもいいんだ」というところから、一気に話が広がっていき、裁判官と弁護士にすれば、法壇の上と下で対峙できて、法廷の中でも新たな関係、新たな画が見せられる。これは面白い。バラバラになったみちおさんと坂間が裁判官と弁護士として向かい合うという枠組みが生まれました。

では、どんな事件を扱うのか。映画だから国家権力という最大限の敵と対峙するようなスケールの大きな事件を取り上げたいし、どの町でも起こり得るような身近な事件もやりたい。その2つがバラバラではなくて、最後に収斂するという理想的な枠組まで決めて、あとは脚本家の浜田秀哉さんの頭脳に賭けました。浜田さんは考え抜いた末に、非常に複雑だけれど、心に刺さる事件を考え出してくれました。しかも坂間のラブストーリーも組み込んでくれたのです。

連ドラから2年経ち、新たな舞台で新たな人間関係に放り込まれて、今まで見たことのない入間みちお、坂間千鶴が表現できたと思います。

──これまでは何があっても飄々としていた「みちお」が、映画では国家権力に対して憤る姿が映し出されていました。これは今までに見たことがない「みちお」ですね。どのように演出されましたか。

撮影前は、裁判官室に鵜城英二防衛大臣が乗り込んできたときも、いつものみちおらしく飄々と交わすことになっていたのですが、実際に向井理さんと竹野内さんが対峙してみたら、竹野内さんのお芝居から権力による横暴や圧力への怒りが滲み出ていました。それを見て、「この映画はみちおさんの感情をしっかり描いて紡いでいけば、躍動感のある作品になる」と現場で生まれたものをキャッチしたのです。ここでみちおさんの怒りや憤りを表現したので、鵜城がもう一手、打ってきたときは柱を叩いて、さらに怒りを表現しています。

鵜城は防衛大臣ですから、そうそう何度も会えるわけではなく、実際に2人が会うのは3回しかありません。それでもお互いに影響し合い、意識し合っていることを表現したい。実際には会っていないけれど、2人を交互にカットバックで見せることで対比を作り、関係性をより深く描いたつもりです。ここは照明の色味も変え、いつもはブルー系のみちおさんを暖色系で映し出しました。みちおさんの熱い感情に乗っかって、観客のみなさんにも裁判の行く末を見守ってほしいと思っています。

──坂間に関しては、連ドラではスーツかパジャマ姿しか見せていませんでしたが、映画ではワイドパンツ姿のシーンがあり、こんな服装もするんだと驚きました。恋心の現れでしょうか。

坂間なので単純な男女の好き嫌いというラブではありませんが、そのシーンには法曹関係者としての坂間千鶴ではなく、一人間としての坂間千鶴として存在してほしい。いつもの堅苦しいスーツではなく、私服のファッションと設定したのですが、連ドラではスーツかパジャマしか着ていなかった。坂間は普段、どんな私服を着ているのか。みんなであれこれ考えて、あのパンツに落ち着きました。坂間の内面的な部分が垣間見えるシーンです。

──恋愛に疎い坂間がこのシーンで醸し出す感情の塩梅が見事でした。さすが黒木華さんですね。

“キュン”とか“ぽーっとする”といったわかりやすい恋愛感情ではなく、事件や法律を通して月本さんと交流し、信頼や尊敬から育まれていく誠実な感情。これをラブといっていいのか、わかりませんが、そういう感情の作りは黒木さんとの間で共通認識としてできていました。

最後にみちおさんから真実を聞いて、やっと「自分はここまで月本さんのことを想っていたんだ」と気づく。自分でも意識していなかった感情が出てくるという表現をやりたかったのです。黒木さんが的確に体現してくれました。

──坂間とバディを組む人権派弁護士の月本信吾を演じた斎藤工さんは監督もされる方で、演出目線で相談できたと聞きました。具体的にどのような話をされたのでしょうか。

この映画では“法律には裏と表がある”ことを描いています。月本はまさにその両面を体現しているキャラクター。その二面性にどうやって説得力を持たせるか。例えば、小日向文世さんが演じた東京地裁第三支部第一刑事部(イチケイ)の部長裁判官である駒沢義男と東京地裁の前で会ったのは裏月本のとき。


裏の顔を見せようと思えば、もっと見せられるけれど、ストーリーの展開上、そこでは月本の裏は匂わせない方がいいんじゃないか。工さんと意見が一致したので、そこのお芝居のニュアンスが決まりました。このように、シーンごと「ここはどこまで見せましょうか?」「ここはどこまで隠しましょうか?」と常に細かく演技プランや演出方法を話しました。

面白さがありつつ、後味の苦さも併せ持つ

──映画はスクリーンサイズがシネスコなので、法廷シーンは裁判官、検事、弁護士が一堂に会する様子を映し出せ、テレビ以上に臨場感がありました。特にクライマックスの法廷シーンは入間みちおの思いを強く感じました。

法廷シーンを通じて描きたかったのは社会の繋がりの大切さ。ただ、とても難しいシーンなのでどういう空気感になるのか、正直、撮ってみるまで分かりませんでした。それがいざ始まってみたら、竹野内さんが厳しい言葉を優しく包み込むように語り掛けてくれて、法廷にいるみなさんが自然と涙を流していたのです。僕はそれを狙っていたわけではないのですけれど。怒鳴って罰するわけではなく、かといって優しく寄り添うだけでもない。

ど真ん中の正義もみちおさんの言葉を通すことで、心にすーっと染み込んできて、深く刺さる。イチケイらしいというか、みちおさんらしいというか、竹野内さんの語りで法廷全体がみちおさんの空気に包まれたのを感じ、この作品が到達すべきところはここだと教えてもらった気がします。竹野内さんのすごさを改めて感じました。

──法廷シーンを撮り終わったとき、竹野内さんはいかがでしたか。

ほっとしていらっしゃいましたね。長いセリフがあるだけでなく、自分のお芝居が共演者の方のお芝居に影響するので、他の方のお芝居をちゃんと引き出すためにも、自分がしっかり演じなければという責任感でやっていらしたのです。

──法廷シーンの黒木さんはいかがでしたか。

吉田羊さんが演じた小早川悦子との関係性をしっかりと表現してくださいました。実は黒木さんと羊さんは普段から仲が良くて、信頼し合っているのです。空き時間になると2人で何か喋っていて、映画のセリフにもありますが、本当に姉妹のよう。共演シーンがたくさん合ったわけではありませんが、街に来てからの坂間と悦子が築いた信頼関係を空気感でも出してくれて、法廷シーンは演出いらずでした。

──公開を前に今のお気持ちをお聞かせください。

今回、撮ってみて、映画というのは劇場を出た後に、観客が何か、ある感情を持って帰ってもらう作品であるべきだと思いました。この物語はわかりやすい悪人が1人も出てこない。しかし複雑に入り組む関係の中で予期せぬ悲劇が起きてしまう。社会の中で幸せに生きていくというのは難しいということを考えさせられる終わり方にしています。面白さもありつつ、後味の苦さみたいなものも併せ持った作品になりました。これからも観客との間でそういった関係性が生まれるような作品を演出していきたいと思います。

画像7: 映画『イチケイのカラス』田中亮監督インタビュー/竹野内豊の体現した感情が作品の到達点を示す

PROFILE
田中亮

1979年4月3日生まれ
近年の主な代表作
ドラマ:「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-THE THIRD SEASON」「アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋」
映画:『コンフィデンスマンJP』シリーズ

映画『イチケイのカラス』2023年1月13日(金) 全国東宝系にてロードショー

画像: 【予告】映画『イチケイのカラス』【1月13日公開】 www.youtube.com

【予告】映画『イチケイのカラス』【1月13日公開】

www.youtube.com

<STORY>

入間みちおが、東京地方裁判所第3支部第1刑事部(通称:イチケイ)を去って 2 年。 異動先の熊本で多くの「みちおの犠牲者」を出したみちおは、岡山県瀬戸内の長閑な町に再び異動になっていた。

異動早々、みちおが担当することになったのは、平凡な主婦が史上最年少防衛大臣に包丁を突きつけたという傷害事件。事件の背景には、近海で起きたイージス艦と貨物船の衝突事故が関係していた。不審点だらけの衝突事故。みちおはもう一度調べようと動き出す。だが、イージス艦の航海内容は全て国家機密。みちおの伝家の宝刀「職権発動」が通用しない難敵であり、さらに最年少防衛大臣・鵜城英二が立ちはだかる…!!

一方、坂間千鶴は、「裁判官は必ず他職を 2 年経験しなくてはいけない」 という慣習から、弁護士として活動を始めていた。配属先は…奇しくもみちおの隣町…!そこで出会った人権派弁護士・月本信吾と新たにバディを組み、小さな事件にも全力投球していく。そして、人々の悩みに寄り添う月本の姿に、次第に心惹かれていく…。

そんな中、町を支える地元大企業のある疑惑が浮かび上がる―。2つの事件に隠された、衝撃の真実。それは決して開けてはならないパンドラの箱だった――!?どうする、みちお・・・!!!?

映画『イチケイのカラス』
1月13日(金) 全国東宝系にてロードショー
原作:浅見理都「イチケイのカラス」(講談社モーニングKC刊)
監督:田中亮(『コンフィデンスマンJP』他)
脚本:浜田秀哉
出演: 竹野内豊、黒木華、斎藤工、山崎育三郎、柄本時生、西野七瀬、田中みな実、桜井ユキ、水谷果穂 / 平山祐介、津田健次郎、八木勇征、尾上菊之助、宮藤官九郎、吉田羊、向井理、小日向文世
配給:東宝
©浅見理都/講談社
©2023 フジテレビジョン 東宝 研音 講談社 FNS27社
公式サイト:https://ichikei-movie.jp/

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