「3週間かけて撮れたので、コリンとの間に阿吽の呼吸が生まれた」
──劇場の舞台ではなく、現実の世界にある島で撮影したことで、何か違いはありましたか。
大自然の中にいるという感覚が、たわいもない男同士の喧嘩という物語にくっきりとした輪郭を与え、もう一段階上の深みが加わりました。霊的な深みと言ってもよいでしょう。「この美しく、神がかった広がりを見せる自然に抱かれているというのに、私たちはなんと馬鹿げたことをしているのだろう。ああ、人間はなんとちっぽけな存在なのだろう」と感じたのです。
最初の撮影はイニシュモア島で、3週間かけて、コリンと私の家の場面をすべて撮りました。天気は素晴らしかったのですが、私はずっとウールの服を着ていなくてはならなくて(笑)。厳しい撮影はありましたが、撮った画を観ると、景観の強烈さが伝わってきて、それが私とコリンの演技にも滲んでいました。
その後、アキル島に移ってパブのシーンを撮ったのですが、雰囲気ががらりと変わりましたね。イニシュモア島はけがれの無い、かわいい動物もいるおとぎの国でしたが、アキル島は美しくも荒涼として、寂寥感があったのです。寄せる波は激しくうねり、気まぐれな空模様には泣かされました。アキル島の自然は映画にほの暗い陰影を与え、イニシェリン島が持っている衆人環視の息苦しい雰囲気にぴったり合っていたと思います。
──今回は2週間のリハーサルを行った上で撮影したそうですね。
舞台では必ずリハーサルをしますが、映画では必ずしもそうではありません。コリンとはずっと前から知り合いでしたが、今回ほど身近な役を演じたことはなかったので、リハーサルがあって、とても助かりました。リハーサルを含めて3週間かけて撮れたので、コリンとの間に阿吽の呼吸が生まれたのです。なにしろ、ずっと2人きりでしたから。
──シボーンは兄パードリックとコルムの仲違いをなんとか収めようとする中、閉ざされたイニシェリン島のムラ社会を出て、新しい人生を始めたいという夢が再び頭をもたげます。それでもパードリックの面倒をみるのは意識的な行為なのでしょうか、それとも本能なのでしょうか。
多分、本能です。女性が男性の世話をするのは、アイルランドの文化だと思います。歴史上ずっとそうでしたから。 面倒をみることに対する見返りを求めないし、たとえ求めたとしても得られることもないでしょう。シボーンが家のことを何もかもして、パードリックは毎晩パブに行く。シボーンを手伝うことさえしません。年月と共にそれが不満になってきています。
リハーサルでは、台本には書かれていないバックグラウンドについても話をしました。例えば、両親の死が2人に与えた影響です。両親はどのように死んだのか、それが2人にどう影響しているのか。観客は知らなくてよいことですが、コリンや私にとっては、この兄妹の心の奥深くにある嘆きを実感するのに役立ちました。パードリックは両親の突然の死を乗り越えていますが、シボーンはまだ少し引きずっています。それはシボーンの心の重しとなっていて、それから脱したいと思っています。
──映画は、パードリックとパブに行きたくなくなったというコルムの気持ちの変化から始まり、驚愕の結末を迎えます。これをどう捉えましたか。
人は急に変わることがあります。それがこの映画の肝。誰かと友達になって喧嘩することはあります。喧嘩にさえならず、自然消滅することもあります。ただ仲違いは喧嘩よりややこしい。感情がこじれてしまっていますから。関係さえ続いていれば、口喧嘩もできますが、「もう気持ちがなくなったんだ」と言われたら、致命的ですね。その結果、この作品の最初と最後ではパードリック自身にも大きな変化が起きています。
映画の結末は観る人に委ねられている方が好きです。映画を観終わったお客さんが「登場人物たちはこの後どうなっていくのだろう」と想像し、映画の意味についていろんな話をしてくれることを願っています。
PROFILE
ケリー・コンドン
アイルランドのティペラリー県出身。
マーティン・マクドナーとの初顔合わせは演劇への初舞台となった「ロンサム・ウェスト」。その後、アラン諸島戯曲の2作目「ウィー・トーマス」でマレード役を演じる。さらに、「イニシュマン島のビリー」にも出演し、2017年には、マクドナーが監督した映画『スリー・ビルボード』でパメラ役を演じた。
そのほかの映画出演歴には、『アンジェラの灰』、『ケリー・ザ・ギャング』、『終着駅 トルストイ最後の旅』などがある。声の出演には、マーベル・シネマティック・ユニバースの『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』、『スパイダーマン:ホームカミング』、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』、『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』、『アベンジャーズ/エンドゲーム』でのF.R.I.D.A.Y.(フライデー)役があり、マーベルファンに人気が高い。
テレビ出演の代表作には、HBO/BBCの連続ドラマ「ROME [ローマ]」や、アンコール出演となった「ベター・コール・ソウル」と「レイ・ドノヴァン」などがある。
映画『イニシェリン島の精霊』1月27日(金)全国ロードショー
<STORY>
本土が内戦に揺れる1923年、アイルランドの孤島、イニシェリン島。島民全員が顔見知りのこの平和な小さい島で、気のいい男パードリックは長年友情を育んできたはずだった友人コルムに突然の絶縁を告げられる。急な出来事に動揺を隠せないパードリックだったが、理由はわからない。賢明な妹シボーンや風変わりな隣人ドミニクの力も借りて事態を好転させようとするが、ついにコルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされる。美しい海と空に囲まれた穏やかなこの島に、死を知らせると言い伝えられる“精霊”が降り立つ。その先には誰もが想像しえなかった衝撃的な結末が待っていた…。
『イニシェリン島の精霊』
1月27日(金)全国ロードショー
監督: 監督・脚本:マーティン・マクドナー「スリー・ビルボード」
出演: コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン、バリー・コーガンほか
2022年/イギリス・アメリカ・アイルランド /原題: The Banshees of Inisherin
配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン
©2022 20th Century Studios. All Rights Reserved.
公式サイト:https://www.searchlightpictures.jp