完璧に美しい映画ではなく、ドロドロとした映画
──本作ではどのようにオファーされたのでしょうか。
デイミアンの助監督が私を推薦してくれました。コロナで撮影が延期になったため、その方はこの作品から抜けてしまったのですが。それでも、プロデューサーのひとりと以前、仕事したことがあったので、私に脚本を送ってくれ、デイミアンとの面接に行くことになりました。
私は脚本を読んで、「この作品がドロドロした汚い映画でなかったらやりたくない」と思っていました。デイミアンと彼の妻で本作にプロデューサーとしても俳優としても携わっているオリヴィアに会った時、デイミアンが最初に「これは完璧に美しい映画ではなく、ドロドロとした映画だから」と言ったのを聞いて、同じビジョンを持っているとわかって安心しました。
──確かに、この映画には美しいドレスも出てきますが、撮影現場で埃や砂にまみれている人たちも出てきますね。
1920年代、ハリウッドには成功を夢見て、多くの人たちがやってきました。しかし成功できなかった人も多い。そして、それは今も起こっている。デイミアンは時代を超越した映画にし、厳しい現実を観客に見せたかったのです。
──あの時代にこれほどドラッグがあったというのは驚きでした。あの時代についてご存じでしたか。
全く知りませんでした。もちろん無声映画は見たことがありますが、デイミアンのひらめきになったのは、映画の歴史全体です。私たちは見るべき映画の長いリストを与えられました。その中には無声映画だけでなく、最近のものも入っていました。私は時代物をたくさん手掛けてきたので、『華麗なるギャツビー』のような時代のルックは知っています。しかし、脚本を読むとそれ以上のものがたくさんありました。
私は20年代と30年代の普通の人たちの顔写真を集めたアルバムを作り、参考にしました。人は眉を細くしていたのか、口紅を買うことはできていたのか。その頃はファンデーションの色の種類が少なく、アジア系やアフリカ系の人たちのためのコスメはありませんでした。ですから多くの女性はメイクと言えば赤のリップスティックをつけるだけだったのです。