池井戸潤が「ぼくの小説の書き方を決定づけた記念碑的な一冊」と明言し、累計発行部数60
万部を突破した小説『シャイロックの子供たち』(文春文庫)。原点にして最高峰とも言える小説を原作に、独自のキャラクターを登場させ、完全オリジナルストーリーで作られたのが映画『シャイロックの子供たち』です。主演には阿部サダヲを迎え、上戸彩、玉森裕太、柳葉敏郎、杉本哲太、佐藤隆太、柄本明、橋爪功、佐々木蔵之介といった日本を代表する俳優の出演でも話題となっています。『空飛ぶタイヤ』(2018年)に続き、池井戸作品を手掛けた本木克英監督にお話をうかがいました。(取材・文/ほりきみき)

銀行を舞台にした人間ドラマ

──池井戸作品は映画『空飛ぶタイヤ』に続いて2度目ですね。

池井戸潤さんの原作は『空飛ぶタイヤ』で一度経験がありましたが、『シャイロックの子供たち』は池井戸さんの小説家としての在り方を決定づけた小説なので心して読みました。今回は脚本にはタッチせず、出来上がってきたものを料理するつもりで取り組んだので、「視点を変えた短編の集まりなので映画化は難しい。どんな脚本が出来上がってくるのだろう」と思っていたところ、原作とはまた違う、オリジナリティのある脚本でした。

池井戸先生は詐欺的なエンターテイメント、コンゲームとして思われていたようですが、僕は人間ドラマとして捉えました。銀行で働く人たちは恐らく優秀な成績で大学を卒業して、一流企業である大手銀行に入ったのでしょう。脚本協力として参加された原作者の池井戸さんご自身も大手銀行に勤めていらっしゃいましたから、銀行の内情や人間関係をとてもよくわかっていらっしゃる。その人たちの建前ではない現実に興味を覚えました。しかも原作にはない人物が登場し、効果的に活かされている。僕としてはどうしたら面白くなるかを探ることに集中して作り上げました。

画像1: © 2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会

© 2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会

──登場人物がとても多いですが、演出はどのようにされましたか。

事前に顔を合わせたのは衣装合わせのときだけでした。撮影は2021年秋。コロナ禍だったのでマスクを外してのリハーサルは不可能だったのです。それを逆手に取って、脚本に書かれていることをキャストのみなさんがどう解釈するかを見て、そこから調整し、一発勝負の面白さみたいなところで演出していきました。キャストのみなさんは内心、不安ながらも群像劇としてどうなるのかを楽しみにしてくださったのではないかと思います。

強いこだわりを持っていないところが魅力の阿部サダヲ

──主人公の西木雅博を演じた阿部サダヲさんとは初めてですね。

深刻な事情を抱えた人間を割と軽いトーンで演じることができる。これが阿部サダヲさんの素晴らしいところだと思いました。自分の責任とは言い切れないなかで莫大な借金を抱えているけれど、それを日常の生活では見せずに淡々と働いている。そんな人間が世の中にはけっこういるのかもしれない。そう思わせる、いいお芝居だったと思います。

画像2: © 2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会

© 2023映画「シャイロックの子供たち」製作委員会

強いこだわりを持っていないところも阿部さんの俳優としての魅力です。どんなに難しく説明的なセリフでも見事なくらい自分のものにして、表現の幅も広い。そのニュートラルさであらゆる役を演じてしまう。滝野と対峙して、彼の境遇を延々と解き明かしてみせるところがあるのですが、そこも過剰にならず演劇的でもなく、リアルな演技でこなしてくれて、モニターで見ていても感動しました。

──営業課の北川愛理を演じた上戸彩さん、お客様二課の田端洋司を演じた玉森裕太はいかがでしたか。

上戸さんは数々の作品で主演をされている方なので、ご一緒するのを楽しみにしていました。聡明でご自身を客観的にとらえられる方だと思いました。

役作りは探りながらだったようですが、この世界で普通に仕事をして生きている日常をリアルに表現していらっしゃるので、背景や境遇を描いたシーンがなくても見る人にそれを感じさせられる。しかも状況に応じて打ち出し方が変えられるのです。自分に焦点が当たっているシーンでは強めに演じられるし、そうでないところではきっちり抑えたお芝居をする。オールマイティな方ですね。

玉森さんはアイドルだということを忘れてしまうような、さり気ない演技もできるので、“イマドキの社会人はこんな風なんだろうな”という感じをうまく表現してくれました。物語のリアリティを大事にされていて、上戸彩さん同様、一般の企業に働いている典型的な若者に見えました。

──作品に登場してくる人々はみな、葛藤を抱えていて、ともすれば作品として重くなってしまうところが、西木、北川、田端の3人シーンは軽妙な感じで、作品に軽やかさを加えていたように思います。

社会が閉塞し、経済状況がよくないことの象徴の1つである銀行が舞台の物語で、3人が軽やかさを出してくれたのは、この作品にはいい影響を与えたと思います。深刻なものを深刻に描くのは誰にでもできる。しかし、軽やかさを出すのはとても難しい。それこそ演技力が必要なところ。そういうことができる俳優さんたちのおかげです。

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