作品賞・監督賞部門
作品・監督・脚本の主要3部門はこの5作品がノミネート独占!
今回最多ノミネート作品となったのはダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート監督の奇想天外なコメディ・アクション・ドラマ『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(以下『エブエブ』)の10部門11候補だった。各批評家賞でも軒並み作品賞を受けているように『エブエブ』の映画賞レースでの勢いは上昇の一途で、ゴールデングローブ賞は逃したものの、このままいけばアカデミー賞にたどり着くことはほぼ確実視されている。
マルチバースをテーマにしたSF的な発想のアクションという点は一見あまりアカデミー賞向きではないようだが、そこにアジア系移民が主人公で、中年の女性がヒーローになるなど、今アカデミー賞が好む要素が織り込まれ、メイン俳優も白人ではなくアジア系スターが演じている点も多様性という面で時流に乗っている。
ちょっと前ならオスカーにそぐわないタイプだったかもしれないが、本作の最終的な着地点は人間の思いやりに関する要素でもあるところが強味。他と違うことが利点となる現在において、受賞すれば「オスカーはこう変わった」と主張できる結果が生まれることになる。
この異色の本命に対抗するのは8部門9候補の『イニシェリン島の精霊』だろう。『スリー・ビルボード』(2017)のマーティン・マクドナー監督が故郷アイルランドに戻って撮った寓話的なこのドラマは、二人のいい年をした男たちの絶交騒動をアイルランド内戦を背景に描きながら、ドライなユーモアと皮肉、スピリチュアルな趣きをこめた人間ドラマになっていて、優れた脚本家でもあるマクドナーの真髄が発揮されている。
これも従来のアカデミー賞作品と並べると異色かもしれないが、演出、演技の面から見ても今年の最上の収穫に間違いないところ。ゴールデングローブ賞(ミュージカル・コメディ部門)は受賞したが、その勢いでライバル『エブエブ』を押さえられるか?
もう一つの強力ライバルは巨匠スティーヴン・スピルバーグ監督の自伝的作品『フェイブルマンズ』。候補数は7部門だが、ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)を受賞した。
従来のアカデミー賞で好まれるのはまさしくこのような正統派作品。映画に対する熱い愛情をテーマに語られるのは家族の絆。しかも名匠スピルバーグ節は好調で、ユダヤ系の差別問題や両親の離婚なども盛り込んで、見事なフィクションに仕立てている。投票者が新たな変化を選ぶか、保守的な王道を通すかで、大きく結果が変わりそうだ。ちなみに監督賞の本命はスピルバーグ(3度目)では? という声も多い。
また今回の作品賞候補で大きな特徴に思えるのが、「シニカル・テイスト」か、「希望を残す」のかという点かもしれない。世界的女性指揮者が仕掛けられた陰謀によって心の闇を表出する、作品賞など6部門で候補となったトッド・ヘインズ監督の『TAR/ター』や3部門で候補となった、沈没した豪華客船のセレブ客と使用人の立場が入れ替わるリューベン・オストルンド監督の『逆転のトライアングル』は、前者がサスペンス・タッチで、後者がコミカル・タッチだが、どちらもシニカルなテイストの運命逆転ドラマ。前者はベネチア国際映画祭で、後者はカンヌ国際映画祭で絶賛された。
これらもまたある意味、SNSの氾濫や階級差別など複数の現代的問題を鋭く捉えている点も共通している。『エブエブ』『フェイブルマンズ』が希望を残すテイストなのに対し、この2作と『イニシェリン島の精霊』はシニカルな展開で結末のその後を観客のイマジネーションに委ねている。
ここまで挙げた5作はいずれも作品・監督・脚本の重要3部門で候補になっている点で有利といわれるが、これらの部門は以前は一つの作品が受賞することが多かったものの、もしかしたら今回は3つの作品で分け合うことになるかもしれない。