「A24」とは何か?
いまコアな映画ファンの間で注目を集める米映画製作・配給会社A24。この会社の名前が頻繁に話題に上るようになったのは、『ルーム』(2015)『ムーンライト』(2016)『レディ・バード』(2017)といった作品が次々アカデミー賞を賑わすようになったころから。その後も『ミッドサマー』(2019)のようなエッジーな映画がヒットし始め、注目度はさらに上昇した。
もともとA24はダニエル・カッツ、デヴィッド・フェンケル、ジョン・ホッジスの3人が2012年に設立し、ロマン・コッポラ監督の『チャールズ・スワン三世の頭ン中』(2013)で劇場配給をスタート。アカデミー賞やカンヌ国際映画祭に絡む作品も生み出し、斬新な企画を映画化し、気鋭のクリエイターを起用したり、大スタジオには向かない作品を扱って成功してきたことで新興会社ながら一目置かれる存在になっている。
アカデミー賞2023にノミネートされた「A24」作品
主演男優賞、助演女優賞
メーキャップ&ヘア・スタイリング賞ノミネート
『ザ・ホエール』
今回のアカデミー賞では最多ノミネーションを受けた『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』をはじめ、A24作品が大きな注目を集めている。主演男優賞(ブレンダン・フレイザー)、助演女優賞(ホン・チャウ)、メーキャップ&ヘア・スタイリング賞の3部門でノミネートされたのがダーレン・アロノフスキー監督のヒューマン・ドラマ『ザ・ホエール』。体重272キロの孤独な中年男を『ハムナプトラ』(1999)シリーズなどで人気を博したブレンダン・フレイザーが久々に表舞台に戻り、イメージを一新する名演を見せ第79回ベネチア国際映画祭で見事なカムバックを果たした。
最愛の恋人を亡くして心身の制御ができなくなり、体重が272キロにまでなってしまった中年男性チャーリーは、大学生相手にオンライン講座で生計を立てているものの、実質的に引きこもり生活を送っている。いつ急死してもおかしくない状態のチャーリーは、心臓発作を起こしたところを偶然訪れた若い宣教師や看護師のおかげで一命をとりとめるが、長くない余命を悟り、長らく疎遠だった17歳の娘を、和解しようと呼び寄せる……。
チャーリーの深い孤独と親としての果てしない愛情を演じたフレイザーは、主演男優賞最有力の声もかかっている。こうした陽のあたらない人物を主人公にした作品はなかなか製作まで至らないが、果敢にチャレンジし、成功に導くところがA24らしい。
主演男優賞ノミネート
『aftersun/アフターサン』(2023年5月26日公開)
また今回、A24関連作は他に2本がノミネートを受けている。一つはポール・メスカルが主演男優賞にノミネートされた『aftersun/アフターサン』。カンヌ国際映画祭批評家週間で上映され、A24が配給権を獲得した作品で、新鋭シャーロット・ウェルズ監督の感動編。主人公ソフィーが少女時代に父と出かけた旅行先で、実際と想像上の記憶を行き来する物語。父を演じるメスカルは次世代の人気スターになりそうな逸材で、日本公開が待たれる。
助演男優賞ノミネート
『その道の向こうに』
ブライアン・タイリー・ヘンリーが助演男優賞にノミネートされている『その道の向こうに』(A24配給)は戦場で心身に傷を負った帰還兵(ジェニファー・ローレンス)が地元の自動車整備士(ヘンリー)と絆を築く姿を描く。AppleTV+で配信中。
長編アニメ―ション映画賞ノミネート
『Marcel the Shell with Shoes on』(原題)
もう一つは長編アニメーション映画賞候補となった『Marcel the Shell with Shoes on』(原題)。家族と生き別れ、祖母と暮らす小さな貝殻のマーセルが、自分が出た動画がバズったおかげで一躍注目され、それが基で家族を探す旅に出ることになるというハートフルな物語。日本公開はまだ決まっていないようだが、これもA24らしい「ちょっと変わっているが何かが心に残る映画」といえそうだ。
国際長編映画賞ノミネート
『CLOSE/クロース』
ベルギー代表で国際長編映画賞候補となった『CLOSE /クロース』は『Girl /ガール』(2018)の新鋭監督ルーカス・ドンが13歳の大親友2人の関係性を描く感動作。アメリカではA24配給で公開された。この夏日本公開予定。
『エブエブ』を生んだ二人のダニエル監督
『エブエブ』で監督・脚本・製作を担当しているダニエル・クワン(1988年マサチューセッツ生まれ)とダニエル・シャイナート(1987年アラバマ生まれ)のコンビで、通称ダニエルズとも呼ばれる。ミュージック・ビデオやCM、短編映画を中心に監督・脚本をてがけ活躍してきたが、2016年にA24作品の『スイス・アーミー・マン』(2016)でサンダンス映画祭最優秀監督賞を受賞し、一気に注目された。ちなみに2019年にはシャイナート単独でコメディ『ディック・ロングはなぜ死んだのか?』(2019)を監督した。一見バカげたような設定に、心温まるパーソナルな要素を加えるスタイルに、ユニークな視覚効果などを取り入れジャンルにとらわれない作品を製作するのが特徴。今回監督賞・脚本賞でオスカー初候補に。また二人によれば本作は日本のアニメを含むアジア映画へのラブレターだと語っている。
短いけれど濃厚? A24とアカデミー賞の歴史
新興会社A24が異例の速さでハリウッド業界や熱狂的映画ファンに注目されるようになったのは、やはりアカデミー賞との関係を抜きに語れません。A24作品がアカデミー賞に残してきた受賞・ノミネートの歴史を振り返っておきましょう。
A24がその名を世界の映画界に轟かせるようになったのは、やはり主に低予算作品中心でスタートした新興の映画会社が次々とアカデミー賞にノミネートされる良作を送り出してきたことが大きな原因と言えるだろう。今回も10部門11個で最多ノミネート数の『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』や3部門で候補の『ザ・ホエール』などが注目されているが、設立からわずか10年ほどで一流映画会社の仲間入りを果たしたA24の偉業を振り返ってみよう。
設立直後から早くもサンダンス映画祭やカンヌ国際映画祭などで成果を上げていたA24だが、飛躍の年になったのは2015年。『ルーム』(ブリー・ラーソンの主演女優賞)『AMY エイミー』(長編ドキュメンタリー賞)『エクス・マキナ』(視覚効果賞)と、三つの作品がアカデミー賞を受賞して、「A24=オスカー・クラスの良作製造会社」というイメージも生まれたところから。さらに翌2016年、バリー・ジェンキンス監督の『ムーンライト』が作品賞を受賞してその気運がさらに高まる。同作はほかにマハーシャラ・アリーの助演男優賞、ジェンキンスの脚色賞も受賞した。ちなみに本作は『ブロークバック・マウンテン』もなしえなかったLGBTQを扱った作品として初の作品賞受賞を果たしたことでも知られている。2017年にはグレタ・ガーウィグ監督の『レディ・バード』が作品、監督、主演女優(シアーシャ・ローナン)など5部門で候補となったが残念ながら受賞はならなかった。この年『フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法』も助演男優賞候補(ウィレム・デフォー)となっている。
その後は2018年の『魂のゆくえ』が脚本賞候補、2019年の『ライトハウス』が撮影賞候補とおとなしめの結果だったが、新型コロナによる新作公開激減の年、2020年にはリー・アイザック・チョン監督の『ミナリ』を公開し、作品、監督、主演男優(スティーヴン・ユァン)など6部門で候補に挙がり、助演女優賞(ユン・ヨジン)を受賞した。そして翌2021年にはジョエル・コーエン監督の『マクベス』が主演男優(デンゼル・ワシントン)、美術、撮影の3部門でノミネートされ、ノミネート記録は続いていく。
そして今回、『エブリシング…』『ザ・ホエール』などで計16ノミネートを獲得する新記録を樹立。『ムーンライト』に続いて、『エブリシング…』の作品賞受賞などもありうるかもしれない。そして気の早い話だが、もう来年のアカデミー賞のレースも一部ではスタートしている。1月に行われたサンダンス映画祭は次回のオスカー候補に挙がるかもしれない作品が上映されることが多い。昨年の作品賞受賞作『コーダ あいのうた』もサンダンスで史上最高額でアップルTVに落札されて、アカデミー賞までこぎつけた好例だ。今年のサンダンス上映作のうちA24関連作では、現在の恋人とかつての恋人の間で悩む女性を描く『Past Lives』(原題)が好評で、『ミッドサマー』のような出色のホラーとして話題のオーストラリア映画『Talk to Me』(原題)の配給権を交渉中など、2023年に公開する新作の準備が始まっている。これらの中から次のオスカーを賑わす作品が生まれるかも?