お客さんを置いていくくらいのフルスロットルの勢いで
──レギュラーメンバーに加えて、今回、佐藤浩市さんが演じる「窓」というキャラクターが増えました。随分と変わったネーミングですね。
入江:僕も脚本を読んだときに「窓」という名前に驚いたのですが、清々しいくらいインパクトのある名前だと思います。
秦:敵側の代理人というポジションで、登場の仕方が普通じゃない。よくある名前ではインパクトが少ないのでどうしようかと思っていた時に、突然、「窓」という名前が下りてきた。その瞬間、すごく気に入って、「窓」と名乗るだけで、キャラクターがいけるような気がしました。ですから自分でもなぜ「窓」なのか、よくわからないのです。
入江:本当に素晴らしいですよね。まず音の響きが良いです。さらに今回はアンナが、ある種の迷路に迷い込んで、どこが出口かわからなくなるため、外の世界と繋がる存在として「窓」という名前が効いている。そのため、映像的にも「窓」をさりげなくモチーフにしています。
この「窓」はどんな世代の俳優さんでも成立するキャラクターですが、ある種の富裕層というのが今回、ネメシスに立ちはだかる存在で、その代理人という立場を考えるとある程度の格というか、大物感があった方がいい。それで佐藤浩市さんのお名前がプロデューサーから上がってきました。
──「窓」というキャラクターはとても謎めいた存在です。佐藤さんとどのような会話をされたのでしょうか。
入江:佐藤さんは脚本を読んで“すべてを表現する必要はなくて、何となく不思議な存在であればいい”ということをつかんでいらっしゃった。ベテランの方は違いますね。ここはどういう設定なのかといった質問は一切されませんでした。
──先程、監督が「窓」を撮影モチーフにされたとおっしゃっていましたが、「トマト」もモチーフとして登場します。なぜ「トマト」なのでしょうか。
秦:なぜと言われると、自分でもよくわからないのですが、「窓」と同じように「ここはトマトだな」という直感を信じて、そのまま書いてみました。それにトマトって瑞々しいじゃないですか。命を感じるイメージがあるので、ダークな話なのに、実はつやつやしていて鮮やかな赤いトマトがキーだったというのはありなのではないかと思ったのです。アンナの部屋にトマトをモチーフにした絵が飾ってあっても不自然ではないですしね。
入江:脚本にトマトにがぶっと齧りつく描写があったのですが、その後の芝居を考えるとトマトで衣装を汚すわけにはいかないこともあり、壁に投げつけるというアクションに変えさせていただきました。秦さんがおっしゃったように外から見ると個体できれいな数学的なフォルムですが、皮を破ると水分が流れ出す。それがまるで血のよう。ダークな世界観にぴったりですよね。
秦:「そうでしたっけ?」というくらい投げるのが自然だったので、書いたものと違うとはまったく思いませんでした。今、監督がおっしゃっていた狙いというか、トマトが投げられて、ぐしゃっとするのは見ていてもじわっときますよね。いいシーンだなと思って拝見していました。
──トマトの汁で衣装を汚してしまうと困りますよね。監督は先程「挑戦し甲斐のある脚本」とおっしゃっていましたが、撮影で困ったり、苦労されたりしたのはどの辺りでしょうか。
入江:撮影で苦労したことはありません。秦さんが最初におっしゃっていましたが、シーンごとに何を撮るべきかが脚本にはっきり書かれているので、映像として頭の中にちゃんと浮かび上がってきたのです。夢のシーンに関しては、“よくある夢のシーンっぽく撮らない。現実と夢が混在していて、登場人物も観客もどっちが本当かわからないという風に撮る”と決め、技術スタッフに伝えました。
ただ、編集の段階でどう構成するかが難しかったですね。観客にどのくらい迷路にハマってもらったらいいのか、そこら辺の塩梅がよくわからなかった。試行錯誤を繰り返して、最終的には「説明過多には絶対にしない」という最初の目標を信じて、突き進みました。
秦:テレビをやっているとわかりやすさを求められることが多く、今回も脚本会議のときに“どうわかりやすく整理するか”を話し合ったこともありました。色味一発で夢だとわかるようになっていたら、寂しいなあと思っていたので、1㎜もわからない作りになっていたので、最高だなと思いました。
入江:今の日本の映画やテレビは観客に寄り添うといえば聞こえはいいですが、説明過多というか、親切すぎる作りが多くなっています。この作品は脚本会議の段階で、ある種、お客さんを置いていくくらいのフルスロットルの勢いでいくということで合意が取れ、それを最後まで貫徹できたのが大きかったと思います。
──そうやってできあがった作品をご覧になって、秦さんとしてはいかがでしたか。
秦:とにかく面白かったですね。コロナ禍で現場にうかがうこともなかったので、決定稿をお渡ししてから離れていて、監督のTwitterを拝見しながら、「今、整音中なんだ」と状況を想像するだけ。1観客というか、むしろ同業他社のライバルくらいの気持ちで見たのですが(笑)、これはちょっと凄いなと思いましたね。「自分、こんなこと書いた?」とか、「この映像はどういうシナリオだった?」の連続です。僕はもう少し長い脚本を書いたつもりなので、きっとどこか切られているはずですが、すごくスピード感があって、どこを切られたのかがよくわからない。脚本家冥利に尽きると思いました。
僕はまだ1回しか見ていなくて、夢中になって見てしまいましたから、監督がさり気なくいろいろ置いているヒントを大分見落としていた気がします。早く2回目、3回目を見たい。そんな風に何回も見たいと思えるのは久しぶり。テレビとは違う感覚を楽しんでいただけたらと思います。
入江:さり気なくいろんなところに伏線を配置しているので、見終わった後で誰かと話をして、「あそこに何々が映っていた」という答え合わせをしたくなる作品だと思います。僕の知人が「99分でよかった。120分あったら頭がついていかなかった」と言っていました。そういう意味でも、99分という時間をノンストップで丸ごと体験してもらえるとうれしいです。
秦:そうそう、今回のラストカットは脚本にない、監督のオリジナルカットです。あのラストカットが来た瞬間、「えっ、どういうこと?」と僕が受けた衝撃をすべてのお客さんに体験してほしいです。
入江:秦さんもおっしゃってくれましたが、「どういうこと?」と最後にざわついてもいいんじゃないかと思ったのです。映画を見終わった後のそういう空気感を狙って入れました。
秦:いちばん最後なので全部見ないと見られないのですが、あれはカッコいいですよね。
入江:秦さんは脚本会議のときによく「カッコよくしたいよね」とおっしゃっていましたよね。だらだらと説明するよりもすっきりカッコいい方がいいなと思ったのです。
カッコ良さにもいろいろ種類があると思いますが、最後に揺さぶられるという映画体験を自分自身が何度も映画館でして、カッコいいと思っていました。1人で体感してもいいのですが、一緒に見た人がいれば、「ええっ」と顔を見合わせるのも楽しい。そういう体験をしてほしいと思います。
入江悠(いりえ ゆう)/監督
1979年11月25日生まれ、神奈川県出身
【近年の代表作】
2009年 『SR サイタマノラッパー』、2011年 『劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ』、2014年『日々ロック』、2015年『ジョーカー・ゲーム』、2016年『太陽』、2017年『22年目の告白 -私が殺人犯です-』『ビジランテ』、2018年『ギャングース』、2020年『AI崩壊』、2021年『聖地X』
秦建日子(はた たけひこ)/脚本
1968年1月8日生まれ
【近年の代表作】
2007年・2011年・2015年「アンフェア」シリーズ(原作)、2016年『クハナ!』(監督/脚本)、2018年『キスできる餃子』(監督/脚本)、2020年『サイレント・トーキョー』(原作)、2021年『ブルーヘブンを君へ』(監督/脚本/脚本)『リョーマ! The Princeof Tennis 新生劇場版テニスの王子様』(脚本)
『映画 ネメシス 黄金螺旋の謎』好評公開中
<STORY>
人気探偵事務所となった『ネメシス』に異変が起こる。突如、依頼がピタリと泊まり経営難に…。仕方なく、小さな事務所に移転したアンナ、風真、社長の栗田だったが、追い打ちをかけるように、アンナは仲間たちが次々に悲惨な死を遂げる悪夢を毎晩見るようになる。時を同じくして、怪しげな行動を取り始める風真…。そんなある日、アンナの目の前に“窓”と名乗る奇妙な男が現れる。
アンナの夢に何度も現れるその男は、ある要求を伝える…「私たちが握手をしなければ、夢は一つずつ現実になっていく」。その予言を阻止する為、行動を開始するアンナ。しかし、相棒・風真の怪しい行動を不信に感じたアンナは、かつての敵、天才・菅朋美に助けを求める。アンナは連鎖する悪夢を断ち切る事が出来るのか? 風真は本当に裏切ってしまうのか? 何重にも複雑に交錯した物語の先に、本当の裏切り者が姿を現す!
<CAST>
広瀬すず、櫻井翔
勝地涼、中村蒼、富田望生、大島優子、上田竜也、奥平大兼、加藤諒、南野陽子、橋本環奈、真木よう子、魔裟斗、栄信、岡宏明、駒木根葵汰、三島あよな、笹野高史、佐藤浩市
江口洋介
<STAFF>
監督:入江悠
脚本:秦建日子
配給:ワーナー・ブラザース映画
© 2023映画「ネメシス」製作委員会