女性の心の揺れを描く、ミア・ハンセン=ラヴ監督の自伝的作品
本作は、ミア・ハンセン=ラヴ監督自身の父親が病を患っていた中で脚本を書いた自伝的作品。父の病に対する“悲しみ"と新しい恋の始まりに対する“喜び"という正反対の状況に直面するシングルマザーの心の揺れを繊細に描き出す。親の死を意識したときに誰もが感じる無力感や恐れだけでなく、新しい情熱が生まれる可能性も描くことで、人生を愛したくなる感動的な映画に仕上げ、第75回カンヌ国際映画祭でヨーロッパ・シネマ・レーベル賞を受賞した。
主演は、フランスを代表する俳優レア・セドゥ。本作では主人公サンドラの複雑な心の機微を見事に表現し新境地を開拓。また、名優パスカル・グレゴリーが主人公の父ゲオルグに扮し、教師であるがゆえに大事にしてきた“知識"や“言葉"が病により失われていく様を驚くほど丹念に演じている。サンドラにとって希望の光のような存在となる恋人クレマンを好演するのは『わたしはロランス』(12)のメルヴィル・プポー。この3人が互いに作用し調和の取れたアンサンブルを奏でる点にも注目だ。
サンドラは、通訳者として働きながらパリの小さなアパートで8歳の娘リンとふたり暮らしをしているシングルマザー。彼女の父ゲオルグは病を患い、仕事、父の介護、子育て・・・と日々やるべきこなすのに精いっぱいで、長年自分のことどころではなかった。そんな中、再会した旧友のクレマンと恋に落ち、心身ともに満たされた日々を送っていた。
不安と幸せ・・・恋人の告白に相反する感情が共存するサンドラ
今回公開された映像は、夜遅くクレマン(プポー)がサンドラ(セドゥ)とリンが住むアパートを訪ねてきた様子を捉えたもの。クレマンには妻と幼い息子がいたが、サンドラへの想いを隠すことができなくなり、妻に打ち明けたところ家を追い出されてしまったのだという。深刻な表情でクレマンの説明を聞くサンドラだったが、「今は君といる」という恋人に、柔らかな表情で「泊まっていく?」と尋ねるのだ。そして、目を覚ましたリンがサンドラのベッドに入ると、母の横にはクレマンがいた。彼を見て吹き出すように笑みを浮かべるリン。
映画は、サンドラをめぐるふたつの相反する感情を中心に描いていくが、監督は、「サンドラは、不安定な関係でも、クレマンと一緒にいることで大きな幸せを感じています。でも父親とのことでは苦しみしかない。ふたつのストーリーは共存しています。この共存を描き出せる映画的手法を探ることに興味がありました」と語る。
さらに、「サンドラが自分の気持ちを表現できる機会はほとんどありません。献身的な彼女は父を訪ねれば会話を促し、恐怖や苦しみの感情を吐き出させようとしますが、彼女自身の苦悩を語ることはできない。クレマンとの関係は熱情的な性質で、あまり言葉が介在する余地はない…サンドラは語り合うことよりも、肉体的な愛を通して彼女らしくいられるんです」と、家族との関係や仕事の中で自分自身の想いをあまり表現することがないサンドラにとっての、クレマンとの恋がもたらすものを説明している。
レア・セドゥは、自身がこれまで演じることのなかった、現代を生きるごく普通の女性であるサンドラというキャラクターをとても気に入ったという。「私は、ある意味シンプルで、深刻さと繊細さと優美さを兼ね備えたこの物語にとても惹かれました。なぜなら、ものすごく普遍的で、私たち皆に訪れることだからです。親の喪失と、新しい愛を見つけること。辛くてもサンドラはラブストーリーを生きるということ。エロスとタナトスが対立し、それがこの映画にすごく強力な感情を与えていると思います」と脚本の魅力を語っている。
クレマンはこうしてしばらくサンドラの家に滞在することになり、リンも交えた暮らしが始まるが、一方で父ゲオルグの病状は徐々に悪化していく。サンドラの物語の続きが気になるところだ。
『それでも私は生きていく』
5月5日(金・祝)より、新宿武蔵野館、シネスイッチ銀座ほか全国順次公開
配給:アンプラグド