作品選びにお悩みのあなた! そんなときは、映画のプロにお任せあれ。毎月公開されるたくさんの新作映画の中から3人の批評家がそれぞれオススメの作品の見どころポイントを解説します。

〜今月の3人〜

土屋好生
映画評論家。エマニュエル・ベアールもうまく歳をとった。改めてファンに。『美しき諍い女』、長いけどもう一度見たくなりました。

大森さわこ
映画評論家。クラシック・ピアノを習っていたので、クラシックの闇を描くターの世界が興味深かった(今はロック・ファンですが)。

金子裕子
映画ライター。M・スコセッシとP・シュレイダーのタッグ作『カード・カウンター』は、まさに手練の職人技。ハマった!

土屋好生 オススメ作品
『午前4時にパリの夜は明ける』

母子3人家族が再生する物語に窺える時代の節目を見据えた監督の前向きな態度に共感

画像1: 土屋好生 オススメ作品 『午前4時にパリの夜は明ける』

評価点:演出4/演技4/脚本3/映像4/音楽3

あらすじ・概要
フランス人にとって1980年代、なかでもミッテランが大統領に選出された1981年は特別な意味を持つという。これは抑圧の時代から解放されて変革の波に沸くパリの街を背景にした、ある家族の物語―。

さり気ないせりふの遣り取りとそこから浮かび上がる孤独と不安。この映画をひとことでいえば、崩壊から再生へと徐々に光が差してくる3人家族の優しさと静けさに包まれた肖像画のような世界といえようか。

といってもすべては古い日記帳のページをめくるように、夫の不倫と別居に傷つく中年の妻(シャルロット・ゲンズブール)と2人の子供、さらに新たに加わった家出少女のその後が描かれる。

画像2: 土屋好生 オススメ作品 『午前4時にパリの夜は明ける』

そこから見えてくるのは解放への自由であり、自主独立の精神であり、ますます強まる家族の絆である。ただ過去を懐かしむ懐古趣味に終わるのではなく、今という時代の変り目を見据えて前向きに生きるミカエル・アース監督の真摯な態度に共感を覚えるのは私だけではあるまい。

ただキャスティングで忘れてならないのはゲンズブールだけでなく深夜ラジオのパーソナリティーに扮する大物俳優エマニュエル・ベアールの共演だろう。さすが練達のご両人だけに、随所でフランス映画の底力を見せつけられた思いがする。

公開中/ビターズ・エンド配給

© 2021 NORD-OUEST FILMS - ART FRANCE CINEMA

大森さわこ オススメ作品
『TAR/ター』

さらに深みを増した熱演を見せるケイト・ブランシェットがキャリア最高の演技!

画像1: 大森さわこ オススメ作品 『TAR/ター』

評価点:演出5/演技5/脚本5/映像4/音楽5

あらすじ・概要
ドイツのベルリン・フィルで女性として初めて首席指揮者の座をつかんだリディア・ターは人生の絶頂期にいるが、ある知らせが届いた後、完璧に思えたこれまでの世界が崩れていく……。

上映時間が少し長いが、映画が始まるとパワーにひきずりこまれ、終った後も鈍痛のように衝撃が続く。ケイト・ブランシェットはキャリア最高の演技を見せ、トッド・フィールド監督の演出も最後まで力が途切れない。彼の独創的なオリジナル脚本の映画化で、凄腕の女性指揮者、リディア・ターの物語。

ベルリン・フィルの最高指揮者も務め、大きな才能を持った人物として君臨するが、楽団の後継者選び、バイオリニストをめぐる葛藤など周囲の状況は複雑で、彼女は精神のバランスを崩していく。

画像2: 大森さわこ オススメ作品 『TAR/ター』

ターは同性愛者という設定ゆえ、パートナーや秘書も女性。女同士の微妙な関係を通じて、主人公の内面を徹底的に掘り下げることで異色の女性の心理劇となり、クラシック界のポストをめぐる闇の部分も浮かび上がる。

また、#Me Tooやキャンセル・カルチャーの問題も盛り込むことで、現代のドラマとしての怖さもある。いつもすばらしいケイトがさらに深みを増し、天才であるがゆえに抱える傲慢さや葛藤をリアルに演じて、その人物像が胸に突き刺さる。

公開中/ギャガ配給

© 2022 FOCUS FEATURES LLC.

金子裕子 オススメ作品
『それでも私は生きていく』

親の介護など数々の悩みを持つシングルマザーの厳しい現実の先を温かく見つめる

画像1: 金子裕子 オススメ作品 『それでも私は生きていく』

評価点:演出5/演技4/脚本4/映像5/音楽5

あらすじ・概要
パリで8歳の娘と二人暮らしをするサンドラの目下の悩みは父の介護施設探し。かつて哲学の教授だった父は、神経変性疾患を患い徐々に記憶を失っているのだ。そんな折、旧友クレマンと再会し恋に落ちるが。

介護、子育て、そして不倫の恋。ひとつだけでも厄介なのに、一気に押し寄せる困難に打ちのめされるシングルマザーの物語。まぁ、子育ては期間限定だし、不倫とはいえ恋のときめきや情熱は現実逃避にも役に立つ。しかし、神経性疾患を患い記憶を失っていく父の介護は先が見えず、その終わりは死を意味すると思えば、やりきれなさが募るばかり。

演じるのは、37歳のレア・セドゥ。『アデル、ブルーは熱い色』(2013)で脚光を浴びて以来セクシー&スタイリッシュな役柄が多いが、本作では普通のアラフォー女性になりきって共感を煽ってくれる。そう、主人公の抱える悩みや葛藤のひとつや2つは、誰もが通る道なのだから。

画像2: 金子裕子 オススメ作品 『それでも私は生きていく』

自伝的要素も織り込んだというミア・ハンセン=ラヴ監督は、フランスの貧弱な介護事情も織り込んで問題提起も忘れない(日本も同じ)。しかし現実を見据えて一歩ずつ歩みを進める先には陽の光がさしている。シビアな現実をリアルに描きながらも、心の凝りがゆっくりとほぐされる良作です。

公開中/アンプラグド配給

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