たった一度の人生をどう生きるべきか。戦争という大きなうねりが押し寄せるさなかはもちろん、当たり前のように思える日常を送るなかでも、人は常に選択と向き合っている。性暴力、母娘関係、子育て、介護…etc.。注目監督たちが描くのは、さまざまな問題に直面する女性たちの現実。実際の事件や、自身や身近な人々の体験にインスパイアされたストーリーは、実力派キャストの魅力とあいまって、観る者に社会や自分自身を見つめさせてくれる。(文・杉谷伸子/デジタル編集・スクリーン編集部)

『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

理不尽を強いられてきた女性たちがどう生きるかを話し合う

画像: 『ウーマン・トーキング 私たちの選択』

赦すか。この地に留まり、男たちと戦うか。あるいは去るか。長い間、理不尽を強いられてきた小さな宗教コミュニティの女たちが、これからどう生きるかを話し合う2日間。物語の起点にあるのは少女たちへの性的暴行だが、サラ・ポーリーは直接的な描写はせずに、眠りを破られる少女という詩的なイメージで状況を悟らせる。

女性の尊厳を重んじるその表現は物語に寓話性をもたらし、閉ざされたコミュニティでの問題と思われた出来事が、今もなお多くの女性たちが直面しているという現実を突きつけるのだ。

しかも、ボリビアで実際に起きた事件を元にしたミリアム・トウズの原作小説に惚れ込み、製作にも名を連ねるフランシス・マクドーマンドら実力派揃いのキャストが、この会話劇に聞き入らせ、話し合いの行方を固唾を呑んで見守らせる。選択は簡単ではない。けれども自分たちで決めることに意義がある。それを指し示すラストが力強い。

監督はこの人:サラ・ポーリー

画像: 監督はこの人:サラ・ポーリー

1979年、カナダ生まれ。『死ぬまでにしたい10のこと』(2003)などで女優として活躍する一方、長編映画監督デビュー作『アウェイ・フロム・ハー 君を想う』(2006)でアカデミー賞脚色賞にノミネート。本作で二度目のアカデミー賞脚色賞ノミネートにして初受賞を果たした。

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『ウーマン・トーキング 私たちの選択』
2023年6月2日(金)公開/配給:パルコ ユニバーサル映画
© 2022 Orion Releasing LLC. All rights reserved.

『アシスタント』

働いたことのある誰もが身につまされる数々の“痛み”

画像: 『アシスタント』

ドキュメンタリー出身で本作が長編劇映画第1作のキティ・グリーンが描くのは、映画制作会社の新人アシスタント、ジェーンのある1日。憧れの映画業界に職を得たはずなのに、会長の横暴や同僚たちの態度に傷つきながら、充実感とは無縁な日々を送るなか、彼女は業界の“闇”に気づいてしまうが…。

顔を映し出されない会長はハーヴェイ・ワインスタインを連想させるが、描かれているのは#MeToo運動に連なる問題だけではない。匿名の女性を指す“Jane Doe”に由来する名前の主人公は多くの人々へのリサーチやインタビューから生まれているだけに、彼女が味わう痛みの数々は、働いたことのある誰もが身につまされるもの。

そんな社会の苦い現実に折れそうになりながらも進むしかないジェーンの心を、給湯室で立ったまま食べるシリアルで済ませる朝食など、無味乾燥な食事風景が映し出して印象的。ジュリア・ガーナーもまた、困惑を浮かべながらも沈黙し、淡々と業務をこなすジェーンの中に、女性たちの現実を改めて見つめさせてくれる。

監督はこの人:キティ・グリーン

画像: 監督はこの人:キティ・グリーン

1984年、オーストラリア生まれ。『ジョンベネ殺害事件の謎』(2017)で知られる気鋭のドキュメンタリー映画作家。初のフィクション長編となる本作では「#MeToo運動」を題材に数百にも及ぶ労働者にリサーチとインタビューを行い、今日の職場における大きな問題を掘り下げた。

『アシスタント』
2023年6月16日(金)公開/配給:サンリスフィルム
© 2019 Luminary Productions, LLC. All Rights Reserved.

『サントメール ある被告』

法廷シーンの緊張感が際立たせる“母となることへの不安”

画像: 『サントメール ある被告』

生後15か月の娘を海辺に置き去りにし殺害した罪に問われたロランス。教養豊かでフランス語が堪能な彼女に何があったのか。裁判を傍聴する作家ラマは、自分とルーツを同じくするセネガル出身の若い女性が抱える苦悩に、自身と母親の複雑な関係を投影していく。

ドキュメンタリーでキャリアをスタートさせたアリス・ディオップ監督が、2015年に起きた事件に着想を得た長編劇映画第1作は、法廷劇の枠を超えて、母子関係や文化の相違を洞察させる意欲作。

実際の裁判記録をそのまま台詞として使い、被告や証人を一定の画角で捉え続けるドキュメンタリーのような法廷シーンの緊張感が、ロランスの言葉に掻き乱されるラマの“母となることへの不安”を際立たせる。

母と子という切り離せない関係を、ギリシア神話に登場するキマイラを引き合いに出す最終弁論がまた圧巻。その弁論に、ラマ同様に激しく心揺さぶられつつも、簡単に感動していいのかと冷静に考えさせもする。そんな複雑な余韻を残すのもまた、この作品の魅力だ。

監督はこの人:アリス・ディオップ

画像: 監督はこの人:アリス・ディオップ

1979年、フランス生まれ。ドキュメンタリー映画作家としてキャリアを始め、『私たち』(2021)はベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞などを受賞。本作が長編劇映画デビュー作となり、2022年ヴェネチア国際映画祭銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞に輝いた。

『サントメール ある被告』
2023年7月14日(金)公開/配給:トランスフォーマー
© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022

『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩』

戦禍から子供を守り抜くというひとりの女性の思い

画像: 『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩』

現在も戦禍にあるウクライナのオレシア・モルグレッツ=イサイェンコ監督が、本作の脚本家の祖母の体験も交えつつ、同じ屋根の下に暮らすウクライナ、ポーランド、ユダヤ人の3家族を描く大河ドラマ。第二次大戦が勃発し、ソ連やナチス・ドイツの侵攻によって親子が引き裂かれるなか、ウクライナ人一家の母ソフィアは、残された子供たちを我が子同然に育て続ける。

文化の異なる3家族の距離を近づけるのも、生きる支えになるのも、ソフィアの幼い娘が「幸せを運んでくる」と信じるウクライナ民謡「シェドリック」=「キャロル・オブ・ザ・ベル」。その美しい歌声のなんと心洗われることか。

1971年にNYで開かれたライブの楽屋から始まる物語は、その歌手がソフィアが守った子供たちの誰なのだろうという興味をかきたてるとともに、何があっても子供を守り抜くというひとりの女性の思いが、次の世代へと受け継がれていく大きな希望を見せてくれる。

監督はこの人:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ

画像: 監督はこの人:オレシア・モルグレッツ=イサイェンコ

1984年、ウクライナ生まれ。ロシアによるウクライナの本格的な侵攻の前に本作を制作。現在もキーウに住み「ウクライナの人々の中に戦争や悲劇的な出来事を経験せずに生き延びている人は一人もいませんので、この映画に取り組むことは⾮常に重要でした」と語る。

『キャロル・オブ・ザ・ベル 家族の絆を奏でる詩(うた)』
2023年7月7日(金)公開/配給:彩プロ
©MINISTRY OF CULTURE AND INFORMATION POLICY OF UKRAINE, 2020 –STEWOPOL SP.Z.O.O., 2020

『それでも私は生きていく』

父の介護問題に直面する30代シングルマザーの悲しみと喜び

画像: 『それでも私は生きていく』

ミア・ハンセン=ラブが、亡き父の看病中に抱いた想いを織り込んで描く、30代シングルマザーの人生讃歌。8歳の娘を育てるサンドラは、老父の介護問題にも直面。哲学教師だった父が記憶を失いつつあることに深い悲しみを感じていた矢先、旧友クレマンとの再会で忘れていた愛の喜びを取り戻す。

レア・セドゥは、持ち前のカリスマ性を封印し、悲しみと喜びが立て続けに訪れるなか、自分の人生を選んでいく等身大のパリジェンヌの心情をしなやかに表現。眩しげな眼差しに喪失感も愛の陶酔も映し出して、深い印象を残す。

原題は『Un beau m atin(美しい朝)』。そのタイトルに託されたものが明かされたとき、一見重そうな邦題も日々を重ねることの喜びに彩られて胸に沁みてくる。クレマン役のメルヴィル・プポーがアドリブで入れたというラストシーンの台詞が、人が何を求めて生きているかを指し示していて、たまらなく魅力的だ。

監督はこの人:ミア・ハンセン=ラブ

画像: 監督はこの人:ミア・ハンセン=ラブ

1981年、フランス生まれ。『8月の終わり、9月の初め』(1998)で女優デビューし、『すべてが許される』(2007)で長編監督デビュー。『未来よ こんにちは』(2016)でベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞を獲得。本作は監督の父親が病を患っていた中で脚本を書いた自伝的作品。

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『それでも私は生きていく』
公開中/配給:アンプラグド

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