作品を好意的に受け止めた若い世代
──サロールを演じたバヤルツェツェグ・バヤルジャルガルさんは本作が映画初出演ですが、キャスティングの決め手はどんなところでしょうか。
私は俳優を選ぶときに目を見ます。今回、オンラインでオーディションを行い、約 300 人の応募者が集まりましたが、バヤルツェツェグさんの目はとても魅力的で、引きつけられました。しかも非常に積極的で、自己表現が豊かだったのです。
私は事前に台本を渡して、セリフを暗記してきてもらうのではなく、現場で台本を見せて、そこで考えて、役を作ってもらう演出方法を取っています。彼女はまだ変な癖がついていないので、私が考える通りに演じてくれましたから、とてもやりやすかったです。
──サロールがヘッドホンをつけて音楽を聴きながらバスに乗っているシーンはMVのような雰囲気ですね。
サロールにとって友人と呼べるのはヘッドホンだけ。流れてくる音楽が心の中を表現しています。音楽は非常に素晴らしい芸術ですが、ヘッドホンで聴いていると孤独が増していく。その一方で、孤独を癒すことができる最大唯一のものでもある。この作品ではサロールが孤独なときの内なる世界をMagnolianの音楽が癒していると表現しています。
──音楽にMagnolian を起用した理由を教えてください。
サロールの心の中を表現するのにふさわしい音楽はどんなものかと考え、モンゴルのさまざまな音楽の中から念入りに選びました。Magnolianはサロールの世代に人気があり、彼の音楽が持っている柔らかいけれど深みのある旋律が決め手でした。
音楽は驚くべき人類の発見だと思います。 Magnolian にも作品に出演してもらいました。サロールの心の世界にいる音楽や友人が登場すると面白いと思ったのです。サロールは一見、素朴な子ですが、心の中は色彩豊か。そんな豊かさを表現しています。Magnolian には「ありのままで歌ってくれればいい」とだけ注文しました。
──若い世代の観客を意識して音楽を選んだとのこと。作品への反応はいかがでしたか。
若い世代には好意的に迎えられ、性に関することを作品に取り込んだことで、爆発に盛り上がり、高い評価をもらいました。ただ30~40代以上には受けがよくありませんでした。モンゴルは民主化して約30年経ちましたが、古い体制下で暮らしてきた世代の人たちからすると、理解が難しい部分があるのかもしれません。
──モンゴルの映画事情についてもお聞かせください。
モンゴルでは年間30〜40本の映画が制作されています。そのうちの8割くらいは非常に軽いエンターテイメント作品で、残りが人間の内面を映し出した深みのある映画です。
首都のウランバートルは人口が170万人くらい。国の半数近くの人が住んでいるので、映画を作ったり見たりする人は首都に集まっています。最近になってようやく外国の市場を意識した作品を制作しようという人たちが増えてきました。国の政策として映画や芸術を通じて、外国の人にモンゴルを知ってもらおうと映画を支援する法律もできました。
──監督も外国を意識してこの作品を作りましたか。
いえ、この作品は外国の市場を意識したことはありませんでした。ですから、幸運にも日本のみなさんにご覧いただく機会を得られたことは望外にうれしいです。
──日本の観客に向けてひとことお願いします。
私はよく「過去も未来もない。現在だけがある」といいます。なぜなら、過去は過ぎ去ってしまったこと。未来はまだ来ていない。だから今、この瞬間を謳歌して生きたいという意味です。この作品には年齢の差を越えて、お互いに教えあい、交流することは大切であるというメッセージを込めています。
PROFILE
監督・脚本・プロデューサー:
センゲドルジ・ジャンチブドルジ SENGEDORJ Janchivdorj
モンゴル・ウランバートルのBers College of Media and Cinematic Artsという映画芸術大学を1999年に卒業。映画にとどまらず、TV番組、演劇などの監督、演出も手がけている。初期代表作である「オキシゲン」(10)が第1回なら国際映画祭に入選し、以後も「Lovers」(16)でモンゴル版アカデミー賞の最優秀監督賞を受賞、「Life」(18)がウランバートル国際映画祭で最優秀長編作品賞を受賞するなど受賞歴も多く、現代のモンゴル映画界を代表する監督。本作では、第17回大阪アジアン映画祭薬師真珠賞と、第21回ニューヨーク・アジアン・フィルム・フェスティバルのグランプリを受賞している。
『セールス・ガールの考現学』
<STORY>
原子力工学を学ぶ大学生のサロールは、怪我をしたクラスメイトから、彼女が働けない間の代理としてアダルトグッズ・ショップのアルバイトの話を持ち掛けられる。とくべつ仲の良い友だちではなかったが、高給なうえに簡単な仕事だと説かれ、一ヶ月だけ働くことに。
そこは、大人のオモチャが所狭しと並ぶ、街角のビルの半地下にある怪しげなショップ。友達へのプレゼントにとグッズを吟味する女性や、友人同士で訪れる客、人目を気にしながら一人で来店する客もいれば、グッズのデリバリーを頼むお客も少なくない。
ショップのオーナーはカティアという、高級フラットに独りで暮らす謎多き女性。彼女のもとに、一日の終わりに売上金を届けに通ううち、二人の間に不思議な友情が芽生えていく。カティアはどうやら昔はバレリーナとして有名だったらしく、人生の苦難や試練を数多く乗り越えてきたようで、サロールを色々な所へ連れ出していく。
ショップのお客やカティアと交流する中で、しだいに自分らしく生きていく道を考えるようになるサロールだが、あるお客とのトラブルでカティアに不信感を抱き…。
『セールス・ガールの考現学』
監督・脚本・プロデューサー:センゲドルジ・ジャンチブドルジ
プロデューサー:フスレン・ビャムバー
撮影:オトゴンダワー・ジグジドスレン
音楽:ドゥルグーン・バヤスガラン
出演:バヤルツェツェグ・バヤルジャルガル、エンフトール・オィドブジャムツ 、サラントヤー・ダーガンバト 、バザルラグチャー、バヤルマー・フセルバータル 、ガンバヤル・ガントグトフ 、ツェルムーン・オドゲレル
2021年/モンゴル/モンゴル語・ロシア語/2.00:1/カラー/5.1ch/123分
原題:Khudaldagch ohin (英原題 THE SALES GIRL)
字幕翻訳:大塚美左恵
モンゴル語監修:フフバートル
配給:ザジフィルムズ
後援:駐日モンゴル国大使館
©2021 Sengedorj Tushee, Nomadia Pictures
公式サイト:http://www.zaziefilms.com/salesgirl/
4/28(金)、新宿シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開!