制作する上で感情的にいちばん辛かったのは脚本作り
──ごく普通の人に見えた主人公があっという間に加害者になっていく様に驚きました。監督の出自を考えると被害者側の立場から描くことも考えられたと思いますが、なぜ加害者側から描いたのでしょうか。
被害者は物語的には変化のあるものにはなりにくいのです。彼らは間違いを犯しているわけではないし、物語から学ぶべきことはないのですから。ただ、被害を受けているだけなのです。
それに、物語へのアプローチとしては加害者目線の方が面白いのではないかと思ったのです。普通の女性がどのように過激になっていくのか。ひしひしと感じていただけるのではないかと思いました。
──登場人物たちの罵詈雑言が炸裂していました。脚本を書くのは精神的な負荷が大きかったのではないかと思いますが、いかがでしょうか。
まさにその通りです。本作を制作する上で感情的にいちばん辛かったのは脚本作りでした。執筆中は精神的にダークなところに身を置いているので、公私において楽しい気分にはなれませんでした。だからこそ、そこから早く抜け出したくて、一気に仕上げたのです。しかし、辛かったこともこの作品にとっては重要なプロセスだったと思います。そのキャラクターがどんな境地にいるのか、現場で役者さんにきちっと説明することができましたから。
──エミリーを演じたステファニー・エステスに圧倒されました。キャスティングの決め手をお聞かせください。
ステファニー自身は本当に素敵な女性で、エミリーとはまったく違う人だということをまず、お伝えしておきます。
ステファニーには短編作品に出てもらったことがあり、「また一緒に仕事をしたいね」と話していました。エミリーにステファニーをキャスティングしたのではなく、ステファニーと映画を撮ろうということが先にあったのです。
ただ、ステファニーをあて書きにして脚本を書き始めてみるのですが、何だかキャラクターが動かない。5ページくらい書いては、別のものを書き始めるといったことが続いていました。
なぜ、書けないのか。その理由を考えているときに、エイミー・クーパーの動画が出回りました。エイミー・クーパーがセントラル・パークでバードウォッチングを楽しんでいた黒人男性に脅されたと嘘をついて、警察に通報した動画です。それを見て、非常に怒りを感じて作り始めたキャラクターがエミリーで、世間の人が私とステファニーを違う視点で見ていることに気づきました。私はこれまで自分が経験したことを基にした物語ばかり書いてきたので、根本的に立ち位置の違うステファニーの物語を書くのに難航していたのです。そうして、この物語が思い浮かびました。
──教育現場に白人至上主義者がいることに恐怖を感じました。エミリーを幼稚園教諭にするにあたってリサーチはされましたか。
実はエイミーのような女性に私自身が出会っていました。その1人が小学校2年生のときの先生。当時はまだ幼くて、起きていることがきちんと理解できていませんでしたが、大人になってから振り返ってみると、この先生は有色人種の生徒たちを全員、一番レベルの低い読書グループに押し込んだり、子どもの目の前で両親をけなしたりしました。私はそれまで読書力が弱いとか、問題児だとか、できの悪い生徒だとか言われたことは一度もなかったのですが・・・。リサーチをしたというよりも、彼女に影響を受けながら形作っていったキャラクターなので、エンドロールに出てくるプロダクション名が「セカンドグレードティーチャー」となっているのです。
──エミリーたちもそれぞれ抱えている問題もあり、根っからの悪者に見えません。脚本を書くときや演出の際に意識したことはありましたか。
この作品に出ている白人至上主義者を“邪悪な存在”とひとことで片付けてしまうなど、キャラクターをある側面だけで見るのはとても危険なこと。脚本を書くときはすべてのキャラクターを立体的に描くようにしています。具体的にはキャラクターのモチベーションと目的が何なのかということをクリアにするようにしています。
例えば、白人至上主義者の女性たちの1人、レスリーはソシオパス(反社会性パーソナリティ障害)で、他人が痛みを感じているところに喜びを感じるキャラクターにしました。他の女性に関しても、仕事なのか、宗教なのか、ジェンダーが男女しかないという考え方なのかという違いはありますが、白人至上主義を唱える動機にそれぞれフォーカスして、 “自分の方が正しい、優れている”という思いを強く持つキャラクターを作りました。世の中にはそういう人がたくさんいますからね。
──エミリーと夫であるグレイグの服装は雰囲気がそぐわない印象を受けました。そこには何か意図があるのでしょうか。
エミリーがいかに自分のイメージを大事にしている人間なのか、そのイメージをどんな風に作ってきたのか。それを見せるとともに、その結果、グレイグとの間に距離ができてしまったことを表現しています。
──90分の作品をワンテイクで撮ろうと思ったのはなぜでしょうか。また、ワンテイクで撮る際にいちばん苦労したのはどういうところだったのでしょうか。
ワンテイクで撮影しようと思ったのは、映画が進むにつれて緊張が増していくようにしたかったからです。一瞬でも観客に息をつかせたら、テンションが緩んでしますからね。戦争映画の戦闘シーンが休みなく表現されることが多いのは、観客を戦争の状況に身を置いている気持ちにさせ、作品に集中してもらおうという作り手の思いがあるから。本作ではそれを戦闘ではなく、暴力でやりました。
撮影でいちばん大変だったのは川のシーンでした。自然はコントロールできません。風や川の流れが荒く、安全面でとても心配でした。
カメラマンのグレタがカメラを持ったまま、後ろ向きに川の中に入っていって、途中で別の人にカメラを預け、その間に別の船に乗ったらカメラを受け取り、そのまま撮り続ける。そこのコンビネーションには苦労しました。
──作品に込めた思いについてお聞かせください。
自分が被害者だったら、彼女たちは私からどんなものを奪おうとするだろうか。それを考えながら、脚本を書いていました。その中で、第一稿から唯一大きく変わったのがラストです。私たちは白人至上主義者たちから常に排除されてきましたが、そういう状況でも生き長らえてきました。すべてを排除できるか、できないか。それってとても大きな違いです。その思いを作品に込めました。
──監督はホラー好きがお好きなのでしょうか。
今回、ブラムハウスが入っているので、この作品もホラーではないかと思って、みなさんがご覧になるのです。そこが自分にはちょっと面白く感じています。
私自身はスリラードラマが好きで、作品としては『セブン』が好きです。
<PROFILE>
ベス・デ・アラウージョ
サンフランシスコ生まれ。カリフォルニア大学バークレー校で社会学の学士号を取得し、American Film Institute では MFA を取得した。いくつかの短編作品を制作後、本作で長編デビューを果たしSXSW2023でプレミア上映され審査員特別賞にノミネートされるなど高い評価を得た。特に批評家から絶賛されている。2017年フィルムメイカー誌が選ぶ「インディペンデント映画界の新顔25人」に選出。母親は中国系アメリカ人で、父親はブラジル出身。ブラジルと米国の2つの国籍を有している。『ドント・ウォーリー・ダーリン』(22)、『エターナルズ』(21)に出演したジェンマ・チャンを主演に迎えた新作『Josephine(原題)』を準備中である。
『ソフト/クワイエット』
5月19日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開
<STORY>
とある郊外の幼稚園に勤める教師エミリーが、「アーリア人団結をめざす娘たち」という白人至上主義のグループを結成する。教会の談話室で行われた第1回の会合に集まったのは、主催者のエミリーを含む6人の女性。多文化主義や多様性が重んじられる現代の風潮に反感を抱き、有色人種や移民を毛嫌いする6人は、日頃の不満や過激な思想を共有して大いに盛り上がる。やがて彼女たちはエミリーの自宅で二次会を行うことにするが、途中立ち寄った食料品店でアジア系の姉妹との激しい口論が勃発。腹の虫が治まらないエミリーらは、悪戯半分で姉妹の家を荒らすことを計画する。しかし、それは取り返しのつかない理不尽でおぞましい犯罪の始まりだった……。
<STAFF&CAST>
監督・脚本:ベス・デ・アラウージョ
撮影監督:グレタ・ゾズラ
出演:ステファニー・エステス、オリヴィア・ルッカルディ、エレノア・ピエンタ、ダナ・ミリキャン、メリッサ・パウロ、シシー・リー
2022年/アメリカ/英語/92分/ビスタ/5.1ch
配給:アルバトロス・フィルム
公式サイト:https://soft-quiet.com/
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