自らノン・バイナリーであることを公言する、キヴォロン監督の作品に賭けた想いをたっぷりとうかがうことが出来た。
男性中心世界への挑戦的な映画が心を射抜く
ジェンダー・フリーの時代にあっても、未だ男性中心の社会やコミュニティは少なくない。
ヘルメットを着けず、アクロバット的な動きを競いながら、危険を省みることなく公道を疾走する「クロスビトゥーム」といわれるバイク・ライダーたちの世界。
彼らに魅了された、一人の若いバイクを愛する女性、ジュリアの生き方を描いたのが『Rodeo ロデオ』だ。
カンヌ国際映画祭で、この作品のために特別な賞が特設されたのだから、それは凄いことだ。
それほどに、審査委員たちはもとより、映画祭に集まった多くの映画関係者を唸らせた映画は、衝撃的でもある。
超男性的な集団の中で、女であることに抗うかのように、自らの存在を際立たせようとするジュリア。
彼女の葛藤や孤独を、身体の最大限の動きや表情で追った映像表現は緊張感が溢れる。ヒリヒリとした感情を演じる新人のジュリー・ルドリューから目が離せなくなり、主人公ジュリーの世界へと引き込まれてしまう。
好戦的なバイク・マシーンにまたがるルドリューの動きには、監督の男性中心世界への挑戦的なこだわりが込められているように感じられ、圧倒される。
アウトロー・ヒロインの誕生だ。
アクロバティックなバイク・ライダーをめざすヒロイン
物語はバイクを愛するジュリアの日常が一転することから始まる。
ある夏の日、「クロスビトゥーム」に生きる男たちと出会い、彼らの仲間になることに憧れ、彼らから一目置かれることをめざするようになったジュリア。
彼らのような技術を身につけたいたいと切望し、危険な試みも辞さない。女性であることへの苛立ちも続く日々。仲間入りをするための彼らからの誘いにも乗っていく。踏み込んだ闇の世界とそこに生きる人々との交流が、さらに彼女をエスカレートさせ……。
フランス映画祭横浜2022開催の際に来日したキヴォロン監督のインタビューには、バイクの裏ビジネスの元締めで、ドミノと呼ばれる男の妻オフェリー役で本作に出演、共同脚本も手がけた、映画監督・女優・脚本家のアントニア・プレジにも同席いただいた。
監督とは公私に渡るパートナーだそうだ。
ハイブリッドでミステリアスな演技の女優
──『Rodeoロデオ』という作品は、とても残酷で衝撃的ですが、そこが美しいとも感じさせられました。
ところでキヴォロン監督ご自身は、とてもお美しいのですが、女優さんやモデルさんのご経験があるというわけではないですね。
はい。私は人を観察することのほうが好きですから、女優をめざしたことはありません。そして、映画に必要な女優や男優は、美しい必要はないと思っています。
むしろ、外観が美しくない方が、映画にとって良い場合さえあると思います。
──ハリウッドのスターとは違いますものね。
私が惹かれるのは、ハイブリッドな魅力です。私が演技者に求めるのは、どこか特殊な美しさです。
単にモデル的だったり、美男・美女とかだと、どうしても演じているうちにみんなに好かれたいというような欲求が出やすいと思います。
演じるということは、自分自身の醜さや痛みを滲ませることがないといけないのです。
主人公のジュリアは太陽のような美しさを持っている女性ですが、途中から怒りによって変容していく。そのハイブリットやミステリアスな面を浮き彫りにしていきます。
主演女優候補は、インスタグラムで発見
──変容するというと、支配的な男の妻である女性を演じたアントニア・プレジさんも、ジュリアと関わることで変わっていく。プレジさんも美しい方ですが、その美しさは役柄として必要だったと思いますが…。
ドミノの妻オフェリーはコルシカの出身で野性的な美しさの持ち主。アントニアはまさにコルシカの女なんです(笑)。
──そうなんですね。それは素晴らしい。で、ジュリア役のジュリー・ルドリューは、新人女優ですか?
彼女は、プロではありません。
彼女との出会いは“奇跡”だったといっても良いと思います。
本作を作るにあたり、実際にバイクが好きでジュリアのキャラクターのイメージに合う女性を探していました。
そして、生い立ちもジュリアに近い環境にあるような存在を。
でも、私の中ではまだまだ、クレヨンで輪郭をなぞるというくらいの状況でしたが、ジュリーとの出会いがあって、映画を作ろうと強く背中を押されたと思います。
孤独と怒りを抱える、女性バイク・ライダー
──なるほど。彼女がいなかったら、本作は完成しなかったかもしれないというくらいの出会いだったんですね。オーディションをしたのですか?
インスタグラムを何気に見ていたときでしたが、目に留まったのが 「名無しさん」といったような名前。「バイクが好き」「人に見せたい」という内容に目を惹かれました。
すぐにやり取りをして、その日のうちにアントニアと一緒に、ジュリーが住んでいるパリ郊外に出向き話を聞くことができました。
そのことで、もう彼女以外には主演女優はあり得ないということになりました。
彼女が20歳になった時、母親が癌になったことで経済を助けるために工場で働かなくてはならなくなったこと。友人のことや、まるで悪夢のような様々なことを一人で乗り越えていること。孤独であることなど、それまであまり他人に話せなかったことまで、初めて会った私に打ち明けてくれたんです。
時の経つのも忘れて、彼女の考えや悩みに応えようとしている自分を感じました。彼女こそが、本作の主人公と同じように孤独や怒りを抱えていた女性そのものだったのです。