瞳の奥に力を感じる目が山田杏奈の魅力
──主人公の凛を演じた山田杏奈さんもキャラクターに強さを加えた気がします。キャスティングの決め手を教えてください。
脚本がほぼ出来上がった頃、求める役者像をプロデューサーに伝えて、探してもらいました。山田さんのお名前が挙がってから、『ミスミソウ』(2018)を見たのですが、山田さんの目の力に凛を演じるのに求められているものが垣間見えた気がしたのです。表情で演技のできる方だとも思いました。
──実際に顔を合わせたときはどのような印象を受けましたか。
佇まいが自然体で、あの世界観にきちんと存在できると思いましたし、映画を見ている人の希望になるような、瞳の奥の輝きをお持ちでした。何より、芯の強さがあるというか、物事に対してどっしり構えて、飄々と進んでいくような雰囲気が凛らしさを感じさせてくれました。
──監督から山田さんに何か事前に伝えられましたか。
人物や物語については一度だけ話し合う機会を持ちましたが、それ以外は準備として方言をしっかりやり、草鞋を本当に編めるように練習してほしいといったくらいです。あとは山田さんが脚本から物語の核を読み取り、凜に必要なものをきちんと出し、後半における変化も自然につけてくれました。 「凛という存在をちゃんと生きることを大事にした」と本人も言っていましたが、“こういうことがあってここにいれば、それはいくら何でも怒っているな”とか、“ここは気持ちが軽くなっているはずだ”ということを等身大で演じてくれたと思います。
──山男の髪を梳かす凛の表情は村にいた頃と全く違いますね。
凛が劇中一番幸せなモーメントの1つだと思います。あのときも僕は「こんな表情を…」といったことは何も伝えていませんが、とても穏やかで柔らかい表情をされていました。
あの特徴的な櫛は装飾部に「山で入手できるもので何か作ってほしい」と伝えたところ、見事なものを作ってくれました。
──山田さんが「監督から歩き方がちょっと違うと言われて、何度も撮り直した」と語っていますが、どう違ったのでしょうか。
この作品は時代物でフィクション要素が強いのですが、できるだけリアリティを持たせたい。凛は遠くから水を運び、家では草鞋を編み、一日中働いている。そういう女性がどういう歩き方をしていたか、本当のところはわかりませんが、そう感じさせる何かがほしかったのです。あくまでも僕の感覚でしかないのですが、それを目指して何度かお願いしました。
──監督が感じた山田さんの女優としての魅力を教えてください。
人として変に取り繕わず、自然体で真っすぐ役に向き合えるところではないでしょうか。何より、瞳の奥に力を感じる目をお持ちなので、それはとても恵まれたことだと思います。
山に入る直前、ここから先は入ってはいけないという祠の前に立って、後ろを振り向くのですが、そのときの表情が僕はとても好きです。それまでにいろいろな抑圧を受け、怒りや理不尽な思いを抱えてきましたが、そういったものを全て人間界に置き去って、違う存在になる覚悟を感じる表情だったと思います。