キメラの話は母と子の関係性のメタファー
──ロランスの弁護士が最後の抗弁でキメラの話をします。裁判記録のものに一部変更を加えたそうですが、あの抗弁でいちばん伝えたかった思いはどのようなことでしょうか。
「キメラの話は実際に法廷で語られ、衝撃を受けました。それと同時にとても腑に落ちるというか、納得がいくこともありました。
“子どもが亡くなっても繋がっている”という母と子の複雑な絆はロランスと亡くなった娘、ラマと母親の関係性のメタファーです。私たちがどう抵抗してもどうにもならない、絶対的なものがあるということ。それを聞いて、ちょっと肩の荷が下りて安堵する部分があったことを伝えています」
──国内で公開されたときの反応はいかがでしたか。
「すべてのプレス記事を読んだわけではありませんが、私としては好意的に受け入れてもらえたと思っています。2022年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞をいただいただけでなく、いくつもの映画祭でも賞をいただいただき、そこでのプレス評もとてもよかったので、私自身はとても満足しています」
──孤立した育児の危険性、母と娘の難しい関係、2つの国のアイデンティティを持つ身の辛さが描かれていました。監督ご自身の抱える問題でもあったかと思いますが、作品を完成させたことで、ご自身の中で何か変化はありましたか。
「裁判を傍聴し、作品を作ったことで、私は自分のアイデンティティと向き合いました。その結果、問題が解決したかどうかは別として、変化はありました。私だけでなく、ご覧になった多くの女性の方がそういう思いを持たれたのではないかと思います」
──今後の方向性についてはどのようにお考えでしょうか。
「私はドキュメンタリーとフィクションのどちらかを選ぶのではなく、両方やっていこうと思っています。次をどちらにするかを決めるのは私自身ではなく、撮りたいテーマの最適な手法がドキュメンタリーなのか、フィクションなのかということによるのです。
現在もドキュメンタリーとフィクションの両方を抱えていて、どちらを先に撮るかはまだわかりません。テーマありきです」
<PROFILE>
監督:アリス・ディオップ
1979年生まれ。フランスの映画監督、脚本家。
ソルボンヌ大学で歴史と視覚社会学を学んだ後、ドキュメンタリー映画作家としてキャリアをスタート。短編・中編映画が複数の映画祭で入選・受賞し、2016年の『Vers la Tendresse』はフランスのセザール賞で最優秀短編映画賞に選ばれた。2021年の長編ドキュメンタリー『私たち』は、同年のベルリン国際映画祭で最優秀ドキュメンタリー賞とエンカウンターズ部門最優秀作品賞を受賞。本作が長編劇映画デビュー作となり、2022年ヴェネチア国際映画祭で銀獅子賞(審査員大賞)と新人監督賞に輝いた。
『サントメール ある被告』2023年7月14日(金)より、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国順次公開予定
<STORY>
フランス北部の町、サントメール。若き女性作家ラマは、ある裁判を傍聴する。被告は、生後15ヶ月の娘を海辺に置き去りにし、殺人罪に問われた女性ロランス。セネガルからフランスに留学し、完璧な美しいフランス語を話す彼女は、本当に我が子を殺したのか? 被告本人の証言、娘の父親である男性の証言、何が真実かわからない。そしてラマは偶然、被告ロランスの母親と知り合う。彼女はラマが妊娠していることを言い当てる。裁判はラマに、“あなたは母親になれる?”と問いかける……果たしてその行方は──。
<STAFF&CAST>
監督: アリス・ディオップ
脚本: アリス・ディオップ、アムリタ・ダヴィッド、マリー・ンディアイ
出演: カイジ・カガメ、ガスラジー・マランダ、ロバート・カンタレラ
2022年/フランス/123分/原題:Saint Omer
配給:トランスフォーマー
© SRAB FILMS – ARTE FRANCE CINÉMA – 2022