「グランツーリスモ」のプレイヤーはレーシングドライバーになれると確信
──映画『グランツーリスモ』をご覧になった感想からお聞かせください。
この作品はエンタテインメントとして雑なところがまったくなくて、教科書的に丁寧に作ってあります。見る人の気持ちをポジティブにさせてくれるところがいいなと思いました。
2001年くらいからソニー・ピクチャーズ エンタテインメント(以下、SPE)と映画化の話をしていたので、作品になるまでには紆余曲折があり、その道のりは結構長かったのですが、素晴らしい映画になって本当によかったと胸をなでおろしました。
──映画化の話が出たときにはまだ「GTアカデミー」は始まっていなかったのですね。
順調に話が進んでいたら、『The Fast & Furious(ワイルド・スピード)』みたいな映画になったかもしれません(笑)。
その後、2008年から「GTアカデミー」のプログラムが始まり、約10年間続きました。最終的に「GTアカデミー」を題材にして映画化することが決まったのは2022年だったと思います。
──作品では「GTアカデミー」設立のきっかけについて、英国日産のマーケティング担当役員のダニーが日産車の売り上げを伸ばす手段として、日産本社幹部を説得したところを取り上げて描いていますが、実際にはもっといろいろな過程があったと思われます。山内さんはどのような関わり方をされたのでしょうか。
2004年に僕は日産から招待されてニュルブルクリンク24時間レースを見に行き、当時、日産のグローバルモータースポーツ部門を率いていたダレン・コックスに会いました。ダニーのモデルになっている人物ですが、そこでダレンから「『グランツーリスモ』のプレイヤーはレーシングドライバーになれるかな」と聞かれたので、「絶対になれる」と答えました。そこが起点になっています。
「グランツーリスモ」はプレイすることでリアルなドライビングテクニックが学べ、それはサーキットに行ってもきちんと通用するはずだと確信はあったのですが、自分たちではそれを証明することができません。ですから日産からお話をいただいたときにチャンスだと思いました。もちろん日産にはマーケティングという側面もあったのですが、ダレン自身がレースも車も好きなカーガイなんですよ。「グランツーリスモ」というビデオゲームとうまくコラボレーションすることで、これまでになかったモータースポーツの世界を作れるだろうということで始めたのだと思います。
──ダレンさんとそういったやり取りがあった先に映画のシーンがあるのですね。「GTアカデミー」が始まってからはどのように関わっていかれましたか。
「GTアカデミー」は日産のプログラムでしたから、僕がサポートできるのは「グランツーリスモ」の物理シミュレーションをより実車のドライビング体験に近い、正確なものにする努力を続けることぐらいでした。
あとは、参加する選手の安全やキャリアのことをひたすら心配していました。レースは次々と勝っていかなくてはいけませんが、とても危険な世界ですから。
──「グランツーリスモ」の物理シミュレーションをより実車のドライビング体験に近い、正確なものにする努力を続けられたとのことですが、シミュレーションゲームと実車の違いはどんなところでしょうか。
2008年頃から僕自身もレースをするようになり、“ゲームの世界とリアルな世界は何が同じで何が違うのか”ということを体験しました。それでわかりましたが、運転の技術は全く同じです。むしろ実車の方が運転は楽です。それはなぜかというと、実車の方がはるかに豊富な情報が入ってくるのです。例えば、リアタイヤがほんの少しスライドしかけて、ゆるゆると動いているみたいなことも、実車だとGの変化になって体に入ってくるのですぐにわかる。ゲームではもっぱらコントローラーのステアリングフィールと目で見るしかありません。ですから、ゲームで速く走れるプレイヤーは実車でも速く走れるのです。
また、ゲームは基本的に1人でやりますが、レースはたった1人のドライバーのためにものすごくたくさんのチームクルーがいます。そんなスポーツはなかなかありません。自分がレースに参加してみて、モータースポーツが持っている全体像がわかりました。
──「グランツーリスモ」でもGを体感させることはこれからのシリーズの課題でしょうか。
Gを感じさせるのは無理です。もちろん、原理的にはタングステンで作った重りを毎秒一兆回転くらいさせれば重力波が出てきて生み出すこともできるかと思いますが、周りが大変なことになってしまいます(笑)。
「グランツーリスモ」が目指しているのは、あくまでも視覚、あるいはステアリングから伝わってくる感覚、具体的には路面の状態やタイヤの状態をなるべく豊富に、プレイヤーに情報として戻すことをめざしています。